極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置と相続税・事業承継の接点(実務編)

税理士
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極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置は、令和7年分から適用され、令和9年分からは特別控除額の引下げと税率引上げにより対象者が拡大する見込みです。制度の主戦場は所得税ですが、富裕層にとって所得税は資産形成と承継の「途中経過」にすぎません。最終的なゴールは相続・承継であり、そこでの税負担と意思決定が全体戦略を規定します。

本稿では、所得税の新たな負担調整が、相続税・事業承継の設計にどう接続し、どこで実務上の論点になりやすいかを整理します。


所得税と相続税は別物だが、資産の作り方が相続税を左右する

本措置は所得税の仕組みであり、相続税そのものを直接変える制度ではありません。しかし、所得税の負担が変われば、資産形成の速度、資産の形、保有主体(個人・法人)といった「資産の作り方」が変わります。相続税はその結果としての資産残高・資産内容に課税されるため、制度間は実務上つながります。

特に富裕層では、次の連鎖が起きやすくなります。

  • 金融所得中心の税率コントロール余地が縮小する
  • 年度ごとの実現益・配当受取り設計が変わる
  • 手元資金の残り方や資産の組み替えが変わる
  • 相続時点の財産構成が変わり、納税資金計画と評価リスクが変わる

ここから、相続税・事業承継の論点が立ち上がります。


事業承継における「配当政策」と「株価」の再点検

オーナー経営者の承継設計では、配当政策と自社株評価は切り離せません。個人の所得税負担が増える方向に動くと、配当を通じた資金移転にブレーキがかかります。

配当を抑えると起きやすいこと

  • オーナー個人の納税資金や生活資金が不足し、結局「株式の一部売却」「役員報酬増」など別の手段が必要になる
  • 会社内に利益が残りやすくなり、結果として純資産が積み上がって自社株評価を押し上げる方向に働く
  • 後継者側の資金調達(株式買取資金、相続税・贈与税納税資金)が厳しくなる

反対に、配当を増やしてオーナー側に資金を移す場合でも、本措置の適用判定や追加税額の影響を踏まえて「受け取る年・金額の設計」をより繊細にする必要が出ます。

事業承継でありがちな「配当を増やすか、増やさないか」という二択が、今後は「配当の水準と時期をどう設計するか」という連続変数の問題になりやすい、という整理です。


個人保有か法人保有かの再設計が、承継の論点に直結する

富裕層の資産管理では、資産管理会社の活用が常套手段です。本措置の強化は、個人で金融所得を積み上げるモデルの優位性を相対的に下げる可能性があり、法人での保有・運用を再評価する動きが強まります。

ただし、ここで重要なのは「所得税対策として法人化する」ではなく、「承継のしやすさ・納税資金・支配の移転」を含めた設計にすることです。

法人活用が承継に与える影響

  • 個人資産を法人に寄せるほど、個人の相続財産は圧縮されやすい一方、法人株式(非上場株)の評価問題が前面に出る
  • 株主構成(誰が株を持つか)と議決権設計が承継の難易度を決める
  • 法人内に留保が積み上がると、結果として株価が上がり、相続税負担が増える方向に働くことがある

「所得税を抑えるための留保」が「相続税を重くする株価上昇」に接続する場面は、実務で頻出します。本措置の議論は、このトレードオフを改めて可視化するきっかけになります。


納税資金の設計が、これまで以上に重要になる

相続税・事業承継では、税額そのもの以上に「納税資金をどう確保するか」が成否を分けます。本措置の影響で、金融所得の実現益確定や配当受取りに追加負担がかかる局面が増えると、納税資金の捻出方法にも影響します。

納税資金で起きやすい再設計ポイント

  • 相続税の原資として想定していた配当の取り方(申告方針・受取り時期)の見直し
  • 株式譲渡益を使う設計の場合、譲渡の年度分散と株価変動リスクの管理が重要になる
  • 相続直前に資金化を急ぐと、価格条件が悪化しやすく、結果として承継の主導権を失いやすい

制度が強化されるほど、相続直前の“その場しのぎ”は不利になりやすく、平時からの資金計画(いつ・何を・どの程度現金化するか)の重要性が増します。


「所得分散」と「生前対策」は、形式ではなく実体が問われやすくなる

本措置は個人単位で判定されるため、家族内の所得分散は戦略として注目されやすい分野です。ただし、相続・承継の領域では、形式的な名義移転や不自然な所得帰属はリスクになりやすく、実体に裏打ちされた設計が必要です。

実務上は、次のような「整合性チェック」が重要になります。

  • 収益が帰属する主体(誰が資産を負担し、誰が管理し、誰がリスクを負うか)の説明可能性
  • 贈与・信託・法人活用と、家族の意思決定プロセスの整合性
  • 事業承継の場合、後継者の権限・責任の移転が伴っているか

所得税の制度改正をきっかけに対策を動かすほど、相続・承継側の「実体要件」との整合性が重要になります。


今後の分岐点は「所得税の調整が、承継の選択を変えるか」

本措置の強化は、超富裕層に対する税負担の調整という側面を持ちますが、実務では「承継の選択」そのものに影響する可能性があります。

  • 配当政策を抑制し、株価が上がり、相続税負担が増える
  • 逆に配当を増やし、所得税側の追加負担が増える
  • 法人活用を進めると、個人相続財産は整理しやすいが、非上場株評価が重くなる
  • 自社株の流動性が低い場合、納税資金の確保が難しくなり、第三者承継や外部資本を検討する動機が強まる

所得税の新たな下限設定は、相続税の制度が変わらなくても、承継の現実解を変える力を持ちます。


結論

極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置は、所得税の制度でありながら、富裕層の相続税・事業承継に実務上の影響を及ぼします。影響は「税率が上がる」という単純な話ではなく、配当政策、株価、保有主体(個人・法人)、納税資金、所得帰属の整合性といった承継設計の中核に波及します。

今後、対象者拡大が進むほど、所得税と承継を別々に最適化することは難しくなります。資産形成・所得税・相続税・承継を一体として設計する視点が、より重要になる局面に入ったといえます。


参考

税のしるべ「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の適用がある場合の申告書等の記載例を公表」2026年2月23日
自由民主党「令和8年度税制改正大綱」2025年12月公表

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