内部統制はなぜ機能しないのか 不正会計から見える企業統治の限界

会計

企業における会計不正は、制度が整っているにもかかわらず繰り返されます。今回明らかになった大規模な不正事案では、内部統制が存在していたにもかかわらず、長期間にわたり機能しませんでした。

この事実は、制度設計と実務運用の間にある深い乖離を示しています。本稿では、内部統制がなぜ機能しないのか、そして企業統治の本質的な課題はどこにあるのかを整理します。


内部統制が「存在しても機能しない」理由

多くの企業では、内部統制の枠組みそのものは整備されています。購買ルール、与信管理、権限分離、承認プロセスなど、形式的な制度は一通り存在しています。

しかし問題は、その運用です。

今回の事案では、本来機能するはずの統制が形骸化していました。
担当者の説明をうのみにし、取引の実在性確認すら十分に行われていなかったと指摘されています。

これは単なる「不備」ではなく、内部統制の典型的な失敗パターンです。

内部統制は「制度」ではなく「行動」によって初めて機能します。制度があっても、それを使う人間が疑問を持たなければ、不正は容易に通過します。


専門知識の欠如が統制を崩壊させる構造

今回の特徴的な点は、事業に対する専門知識の不足です。

広告代理事業に関する理解が組織内に乏しく、不正に関与した担当者の説明を検証できませんでした。これは、内部統制の前提条件が欠けていたことを意味します。

内部統制は「何を見るべきか」を理解していなければ機能しません。

たとえば、
・通常あり得ない利益率
・不自然な取引の循環
・資金の流れと売上の乖離

こうした兆候は、事業構造を理解して初めて異常として認識できます。

つまり、専門知識の欠如は統制の空洞化を招き、形式的なチェックを無力化します。


コングロマリット化がもたらす監督限界

近年、多くの企業がM&Aを通じて事業領域を拡大しています。これにより、企業は複雑なコングロマリット構造を持つようになりました。

しかし、この構造は同時に重大なリスクを抱えます。

経営陣がすべての事業を深く理解することは現実的に不可能となり、監督の目が届かない領域が生まれます。

今回の事案でも、ノンコア事業に対する監督が十分に行われていなかったと指摘されています。

重要なのは、すべてを均等に管理することではなく、リスクの高い領域に重点を置くことです。

内部統制は「網羅性」ではなく「重点性」で設計されるべきものです。


真因分析の欠如と責任の所在

調査報告書に対しては、真因分析が不十分であるとの指摘もあります。

特に問題となるのは、不正の責任を現場の担当者に集中させる構図です。

これにより、以下の論点が曖昧になります。
・経営陣の監督責任
・取締役会の機能不全
・資金供給に対するモニタリング不足

また、不正の規模が急拡大した背景についての分析も十分とは言えません。

不正は偶発的に発生するものではなく、組織構造の中で増幅されるものです。その構造に踏み込まなければ、再発防止策は表面的なものにとどまります。


監査の役割と限界

今回の事案では、監査の在り方についても重要な論点が浮かび上がります。

複数年度にわたり適正意見が付されていたにもかかわらず、大規模な不正が見逃されていました。

監査は万能ではなく、あくまで合理的保証にとどまります。しかし、それでもなお、長期間の不正を見抜けなかったことについては、独立した検証が必要とされる場面です。

企業内部の統制だけでなく、外部の監視機能もまた完全ではないという現実がここにあります。


内部統制に「魂」を入れるとは何か

今回の問題を総括すると、内部統制の本質的な課題は明確です。

それは「制度ではなく文化の問題」であるという点です。

内部統制を機能させるためには、
・疑問を持つ文化
・説明を検証する姿勢
・異常を見逃さない組織風土

が不可欠です。

そして最も重要なのは、経営トップの関与です。

内部統制は現場任せでは機能しません。経営陣がリスクを認識し、継続的に関与し続けることで初めて実効性を持ちます。


結論

今回の不正事案は、内部統制が存在しても機能しない現実を示しました。

その原因は、制度の欠如ではなく、
・専門知識の不足
・監督の限界
・組織構造の複雑化
・文化の欠如

といった構造的な問題にあります。

企業統治の本質は、ルールを作ることではなく、それを機能させ続けることにあります。

内部統制を形式から実質へと転換できるかどうか。そこに、今後の企業価値を左右する分岐点があります。


参考

日本経済新聞 2026年4月2日朝刊
KDDI子会社不正会計に関する特集記事
(専門家コメント・ファンドマネジャー見解・弁護士見解)

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