都市と地方を行き来しながら暮らす「二地域居住」が広がり始めています。リモートワークの普及や価値観の変化によって、一つの場所に定住するのではなく、複数拠点を持ちながら生活するスタイルが現実味を帯びてきました。
もっとも、日本の税制や行政制度は、基本的に「一人が一つの場所に住む」ことを前提に設計されています。
住民票、住民税、固定資産税、所得税、事業税、社会保険、住宅ローン控除、相続税――。現在の制度の多くは、「生活の本拠地」が一つであることを前提としています。
そのため、二地域居住が本格化すると、税制との間にさまざまなズレが生じます。
本稿では、二地域居住が広がる中で今後論点となり得る税務・制度上の課題を整理します。
税制は「定住」を前提に作られている
現在の日本の税制では、「どこに住んでいるか」が極めて重要です。
例えば、
- 住民税
- 固定資産税
- 国民健康保険
- 介護保険
- 所得税の住宅関連特例
- 各種行政サービス
などは、住所地や居住実態を基準に運用されています。
これは、高度経済成長期以降の「通勤型・定住型社会」を前提に設計されてきたためです。
しかし、二地域居住では、
- 平日は都市
- 週末は地方
- 季節ごとに移動
- 半年単位で滞在
- 複数拠点で生活
という形が増えます。
すると、「本当の生活拠点はどこか」という問題が発生します。
住民票と実態居住のズレ
まず問題になるのが住民票です。
日本では原則として、生活の本拠地に住民票を置くことになっています。しかし、二地域居住では「本拠地」が曖昧になります。
例えば、
- 平日は東京で勤務
- 週末は長野で生活
- 年の数カ月は地方滞在
- リモートワーク中心
という場合、どこが生活の本拠地なのかは簡単ではありません。
現状では、多くの場合、勤務先や子どもの学校がある都市部に住民票を置くケースが中心です。
しかし、地方側から見ると、
- 実際には地域で消費している
- 地域サービスを利用している
- 地域インフラを使っている
にもかかわらず、住民税は都市部へ流れる構造になります。
ここに、二地域居住と自治体財政のズレがあります。
住民税はどこに納めるべきか
住民税は、その年の1月1日時点の住所地自治体へ納税します。
つまり、年間を通じて地方で相当程度生活していても、住民票が都市部にあれば、住民税は都市部自治体へ入ります。
地方自治体から見れば、
- ゴミ処理
- 道路
- 水道
- 医療
- 防災
- 公共施設
などの行政コストを負担している一方、税収にはつながりにくい構造です。
今後、二地域居住が増えれば、「行政サービスを受ける場所」と「税を納める場所」の乖離が問題になる可能性があります。
将来的には、
- 滞在日数に応じた負担
- 第二居住地負担金
- 地域利用税
- 二地域住民登録制度
などの議論が出てくる可能性もあります。
固定資産税の問題
二地域居住では、地方住宅を所有するケースもあります。
この場合、問題になるのが固定資産税です。
現在、住宅用地には固定資産税軽減措置があります。しかし、利用実態が低い空き家については、
- 管理不全空き家
- 特定空き家
に指定されることで、住宅用地特例が解除される可能性があります。
つまり、「たまに使う住宅」が、行政から見れば「実質空き家」と評価されるリスクがあります。
一方で、二地域居住を促進したい自治体は、
- 固定資産税減免
- 空き家取得支援
- 改修補助
- 移住関連税優遇
などを導入する可能性があります。
今後は、「放置空き家」と「二地域居住用住宅」をどう区別するかが重要な論点になるでしょう。
住宅ローン控除はどうなるのか
二地域居住が増えると、住宅ローン控除の考え方も論点になります。
住宅ローン控除は、原則として「自己の居住用住宅」が対象です。
つまり、
- 実際に居住しているか
- 主たる生活拠点か
が重要になります。
そのため、
- 都市住宅
- 地方住宅
を両方取得した場合、どちらを「主たる居住用」とみるかが問題になります。
現行制度では、複数住宅で同時に住宅ローン控除を受けることは基本的に困難です。
しかし、今後、二地域居住が一般化すれば、
- 二拠点住宅への控除拡大
- 一定条件下での併用
- 地方居住促進型税額控除
などの議論が出てくる可能性があります。
ワーケーション費用は経費になるのか
二地域居住とリモートワークが結びつくと、経費性の問題も発生します。
例えば、
- 地方滞在中の宿泊費
- コワーキング利用料
- 通信費
- 移動費
- 二地域居住用住宅費用
などです。
個人事業主であれば、業務利用割合に応じた必要経費算入が検討されます。しかし、プライベートとの区分が極めて曖昧です。
会社員の場合も、
- 出張なのか
- 私的滞在なのか
- 福利厚生なのか
の整理が必要になります。
特に今後問題化しやすいのは、「ワーケーション名目の私的利用」です。
税務上は、
- 業務実態
- 業務命令
- 勤務記録
- 滞在内容
などを総合的に見て判断される可能性があります。
企業側の税務論点
企業が二地域居住を支援する場合にも、税務論点があります。
例えば、
- 社員向け地方住宅提供
- 滞在費補助
- 交通費支援
- ワーケーション制度
などです。
この場合、
- 給与課税になるのか
- 福利厚生として非課税か
- 業務必要性があるか
が重要になります。
特定社員だけが利用し、私的利用性が強い場合には、給与認定リスクが生じます。
逆に、
- 全社員利用可能
- 業務目的明確
- 利用ルール整備
- 福利厚生基準充足
などがあれば、福利厚生として整理される余地があります。
今後、企業による二地域居住支援が増えれば、国税庁も一定の整理を進める可能性があります。
ふるさと納税との関係
二地域居住が広がると、「どこを自分の地域と考えるか」という問題も変化します。
現在のふるさと納税は、
- 住民税を納める自治体
- 応援したい自治体
が分離できる制度です。
二地域居住者は、実際に滞在・利用している地域へ寄付する動機を持ちやすく、今後は、
- 二地域居住者向け返礼
- 地域利用型返礼
- 長期滞在特典
などが増える可能性があります。
一方で、ふるさと納税は都市部自治体から見れば税収流出でもあります。
二地域居住が拡大すると、自治体間の税源配分問題はさらに複雑になる可能性があります。
相続税・空き家問題との接続
二地域居住用住宅は、将来的に相続問題とも接続します。
地方住宅を取得しても、
- 相続人が利用しない
- 管理者が不在
- 売却困難
- 維持費負担
などから、再び空き家化するリスクがあります。
また、相続税評価上も、
- 居住用財産
- 貸付用不動産
- 遊休不動産
のどれに該当するかで取り扱いが変わる可能性があります。
特に小規模宅地等の特例との関係は、今後実務論点になり得ます。
「生活の本拠地」が曖昧になると、
- 被相続人の居住地
- 同居要件
- 居住継続性
などの判断も複雑になる可能性があります。
消費税との関係
二地域居住向け住宅や滞在施設が増えると、消費税実務も変わります。
例えば、
- 短期滞在型賃貸
- サブスク住宅
- 会員制滞在サービス
- ワーケーション施設
などでは、
- 賃貸借なのか
- 宿泊業なのか
- サービス提供なのか
の判定が重要になります。
住宅貸付は原則非課税ですが、宿泊業に近づくほど課税対象となる可能性があります。
そのため、今後は、
- 滞在日数
- サービス内容
- 契約形態
による整理がさらに重要になるでしょう。
税制は「複数拠点生活」に対応できるのか
現在の日本の税制は、「一人一住所」「一人一生活拠点」を前提にしています。
しかし、社会の変化によって、
- 働く場所
- 暮らす場所
- 消費する場所
- 税を負担する場所
が一致しなくなり始めています。
これは二地域居住だけではありません。
- リモートワーク
- ノマドワーカー
- 副業
- フリーランス
- サブスク居住
なども同じ方向の変化です。
つまり、税制そのものが、「固定型社会」から「流動型社会」への対応を迫られているのです。
結論
二地域居住は、単なるライフスタイルの変化ではありません。
それは、日本の税制や行政制度が前提としてきた「定住社会」を揺さぶる変化でもあります。
現在の制度では、
- 住民税
- 固定資産税
- 住宅ローン控除
- 福利厚生課税
- 相続税
- 消費税
など、多くの分野で「生活拠点が一つ」という前提が残っています。
しかし、今後、二地域居住や複数拠点生活が一般化すれば、
- 税負担のあり方
- 地方財政
- 行政サービス
- 居住認定
- 不動産課税
などを再整理する必要が出てくるでしょう。
人口減少時代において、「どこに定住するか」だけではなく、「どの地域に関わり、どこで負担を分かち合うか」という視点が、税制にも求められ始めているのかもしれません。
参考
日本経済新聞 朝刊 2026年5月6日
「二地域居住に専用住宅群を」倉品広樹(私見卓見)
総務省
「住民基本台帳制度」
国土交通省
「二地域居住等の促進に関する施策」
国税庁
「住宅借入金等特別控除の概要」
国税庁
「福利厚生費に関する税務上の取扱い」