企業のサステナビリティ情報開示が急速に拡大する中、「保証業務」の重要性が高まっています。特に温暖化ガス排出量(GHG排出量)などの非財務情報については、投資家や金融機関から「本当に正しいのか」を確認するニーズが強まっています。
こうした中、KPMGあずさサステナビリティ と 有限責任 あずさ監査法人 が、サステナビリティ保証業務にAIを活用する取り組みを進めているとの報道がありました。
今回の記事は、単なる「AI活用ニュース」ではありません。会計士の専門性とは何か、保証業務は今後どう変わるのか、そして企業側の内部統制や実務はどう変化するのかという、非常に大きなテーマを含んでいます。
サステナビリティ保証とは何か
これまで企業の「保証」といえば、財務諸表監査が中心でした。
しかし現在は、
- 温暖化ガス排出量
- 人的資本情報
- サプライチェーン情報
- 人権対応
- 多様性指標
- 廃棄物・資源循環
など、非財務情報の開示が急拡大しています。
特に欧州ではCSRD(企業サステナビリティ報告指令)が進み、日本でもSSBJ基準の整備が進んでいます。今後は「開示するだけ」では足りず、「第三者保証」が事実上求められる方向へ向かっています。
つまり、財務監査の世界で培われた「信頼性担保」の仕組みが、非財務領域へ拡張され始めているのです。
なぜ保証業務でAIが必要になるのか
サステナビリティ保証は、財務監査以上に「定型化しにくい」特徴があります。
例えば温暖化ガス排出量ひとつを取っても、
- 生産量は増えているのに排出量が減っている
- 工場の稼働率と電力使用量が一致しない
- 同業他社と比べて数値が不自然
- 計算ロジックが年度ごとに変わっている
など、多面的な検証が必要になります。
しかも、財務データのように長年の統一ルールが確立されているわけではありません。
そのため、保証品質が担当会計士の経験値に依存しやすいという問題がありました。
今回のAI活用で注目されるのは、単なる「作業自動化」ではなく、
- ベテラン会計士の質問力
- 異常値への着眼点
- 批判的思考
- 追加質問の組み立て
といった“暗黙知”をAIに学習させている点です。
これは監査業界において非常に大きな意味を持っています。
「質問を作るAI」が意味するもの
今回の記事で特に重要なのは、「AIが質問を生成する」という点です。
従来のAI活用は、
- OCR
- 仕訳分析
- 異常値検知
- 文書整理
など、比較的「補助業務」が中心でした。
しかし今回のAIは、
- どこに疑問を持つべきか
- 何を確認すべきか
- 回答は合理的か
- 追加質問は必要か
という、保証業務の中核に踏み込んでいます。
これは単なる効率化ではなく、「職業的懐疑心」の一部をAIが補助し始めたことを意味します。
監査・保証業務において最も重要なのは、「数字を見ること」ではありません。
「その説明は本当に合理的か」を疑う力です。
つまり、保証業務の本質は“質問力”にあります。
今回のAIは、その部分に初めて本格的に踏み込み始めたとも言えます。
AIで会計士の仕事は減るのか
このテーマになると、「AIに会計士の仕事が奪われるのか」という議論が必ず出てきます。
しかし実際には、仕事が消えるというより、「求められる能力」が変わる可能性の方が大きいでしょう。
今後は、
- 単純確認
- 定型質問
- データ突合
- 基礎分析
などはAIが担う割合が増えていくと考えられます。
一方で人間には、
- 異常の背景理解
- 経営実態の把握
- 業界構造分析
- 内部統制評価
- 不正リスク判断
- 最終的な保証判断
などがより強く求められるようになります。
つまり、「作業型会計士」から「判断型会計士」への転換です。
これは税理士業務にも非常に近い変化です。
単純入力や定型計算の価値は下がり、最終的には、
- 解釈
- 説明
- リスク判断
- 意思決定支援
が重要になっていく可能性があります。
企業側にも求められる変化
今回の記事では、AIツールを企業向け支援サービスへ展開する可能性にも触れられています。
これは非常に重要です。
なぜなら、今後は企業側も、
- 「保証されること」を前提に
- 「AIで検証されること」を前提に
内部統制を整備する必要が出てくるからです。
例えば、
- データ取得根拠
- 算定プロセス
- 承認フロー
- ログ管理
- 証憑保存
などがより重要になります。
これは電子帳簿保存法や内部統制の世界ともつながっています。
つまり、サステナビリティ保証は単独で存在するのではなく、
- DX
- データ管理
- ガバナンス
- 内部統制
- AI活用
と一体化しながら進んでいく可能性があります。
AIは「経験」を民主化するのか
今回の取り組みの本質は、「ベテラン会計士の知見の共有」にあります。
従来は、
- 優秀な会計士の頭の中
- 現場経験
- OJT
- 属人的判断
に依存していた部分が大きくありました。
しかしAI化によって、
- ベテランの着眼点
- 典型的な異常パターン
- 業界別リスク
- 質問ノウハウ
などを組織全体で共有できる可能性があります。
これは監査品質の平準化につながる一方で、「経験の価値」をどう再定義するかという問題も生みます。
単純な経験年数ではなく、
- どんな仮説を立てられるか
- どこに違和感を持てるか
- 何を深掘りできるか
が重要になる時代へ変わっていくのかもしれません。
結論
サステナビリティ保証へのAI活用は、単なる業務効率化ではありません。
それは、
- 保証業務の本質
- 会計士の専門性
- 職業的懐疑心
- 内部統制
- 企業開示
- AI時代の判断力
そのものを問い直す動きでもあります。
特に今回注目すべきなのは、「AIが質問を作る」という点です。
保証業務の本質は、単に数字を確認することではなく、「何を疑うべきか」を考えることにあります。
AIがそこへ踏み込み始めた時、会計士や税理士に求められる価値は、「知識量」だけではなく、
- 問いを立てる力
- 背景を読む力
- 違和感を持つ力
- 最終判断を下す力
へ移っていく可能性があります。
AI時代とは、「人が不要になる時代」ではなく、「人間にしかできない判断」がより問われる時代なのかもしれません。
参考
・日本経済新聞 2026年5月8日朝刊「あずさ、サステナ保証にAI 質問を自動作成」
・有限責任 あずさ監査法人 公表資料
・KPMGあずさサステナビリティ 公表資料
・SSBJ(サステナビリティ基準委員会)関連資料
・CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)関連資料