企業が非常時に直面したとき、真っ先に問われるのは事業を続けられるかどうかです。その際に本質となるのは、キャッシュが回るか、支払いが継続できるか、制度対応が滞らないかという点です。
これらはすべて経理部門が担っている領域です。したがって、BCP(事業継続計画)において経理部門は単なる一機能ではなく、事業継続そのものを支える中核と位置付ける必要があります。
本稿では、経理部門の視点からBCPの実務的な考え方を整理します。
経理部門にBCPが必要な理由
自然災害やパンデミック、サイバー攻撃などにより、従業員が出社できない状況やシステム停止が発生した場合でも、企業活動は完全に止めることができません。
特に以下の業務は、どのような状況でも継続が求められます。
・従業員への給与支払い
・取引先への支払い
・金融機関への返済
・税金および社会保険料の納付
これらが止まれば、従業員の生活、取引先との信頼、金融機関との関係、いずれも大きく損なわれます。
実際に多くの企業で、経理機能の停止が事業停止に直結するケースが見られます。非常時の企業存続を左右するのはキャッシュと支払いであるという点は、実務上の共通認識といえます。
想定すべきリスクの全体像
経理部門のBCPでは、単一のリスクではなく複合的な障害を想定することが重要です。
代表的なリスクは以下のとおりです。
・システム障害やサイバー攻撃によるデータ消失
・金融機関の決済機能停止
・インターネットやクラウドの障害
・停電や通信断
・担当者不在による業務停止
これらは単独ではなく連鎖的に発生する可能性があります。たとえば、サイバー攻撃により会計データが暗号化されると、給与計算や支払い処理が同時に停止します。
したがって、個別対策ではなく「業務を止めない」という観点で設計する必要があります。
経理BCPの基本設計
経理部門のBCPは、すべての業務を維持することを目的とするものではありません。非常時においても最低限維持すべき業務を明確にし、優先順位をつけることが出発点となります。
重要なのは以下の4点です。
・給与支払い
・取引先および金融機関への支払い
・税金および社会保険料の納付
・資金繰りの把握
これらは企業の存続に直結するため、優先順位を最上位に設定します。
また、記事でも示されているように、発生直後から「24時間・3日・1週間・1か月」といった時間軸で対応業務を整理しておくことが有効です。これにより、現場での判断を迅速化することができます。
給与支払いを止めない仕組み
給与支払いは最優先業務の一つです。従業員の生活に直結するため、停止は許されません。
実務対応としては以下が重要です。
・非常時用の給与計算フローを事前に設計する
・概算払いなど代替手段を決めておく
・振込担当者を複数化する
・ログイン情報や認証手段を分散管理する
特に、振込業務が特定の担当者に依存しているケースはリスクが高く、実務上よく見られるボトルネックです。
支払い優先順位の考え方
非常時には資金が限られるため、すべての支払いを予定どおり行うことは困難になります。
このとき重要なのは、金額ではなく影響度で優先順位を決めることです。
例えば以下のように分類します。
・最優先:金融機関、基幹取引先(停止で事業継続不可)
・中位:サブ取引先(短期的には影響限定)
・低位:停止しても影響が小さい支払い
この分類を平時から準備しておくことで、非常時に迷わず判断できる体制を構築できます。
承認プロセスの簡素化
通常の承認フローは、非常時には機能しない可能性があります。
そのため、以下のような例外ルールを事前に設定しておく必要があります。
・一定金額以下は担当者判断で実行可能
・承認者不在時の代替ルール
・事後承認の仕組み
これは内部統制を無効化するものではなく、非常時における例外的な統制と位置付けるべきものです。
税金・社会保険料の対応
税金や社会保険料については、納付が遅れると延滞金などのリスクが生じます。
一方で、災害などの場合には以下の制度が用意されています。
・納期限の延長
・納付の猶予
重要なのは制度を暗記することではなく、どこに相談すればよいかを把握しておくことです。また、税理士や社労士との連携体制を平時から構築しておくことが実務上のポイントとなります。
資金繰り管理の重要性
非常時に最も深刻なリスクは、資金繰りの見通しが立たなくなることです。
そのため、平時から以下を実施しておく必要があります。
・資金繰り表の作成と運用
・数か月先までの現預金残高の把握
・入出金の予測精度の向上
さらに、非常時に活用できる融資制度についても、事前に整理しておくことが望まれます。
結論
経理部門のBCPは、完璧な計画を目指すものではありません。重要なのは、非常時に最低限機能する仕組みを構築することです。
そのためには、
・小さく始める
・優先順位を明確にする
・実務で使える形にする
という考え方が不可欠です。
BCPは作って終わりではなく、実際に機能するかどうかが価値を決めます。まずは経理部門から着手し、実務に根ざした形で改善を繰り返していくことが、企業の存続力を高める最も現実的なアプローチといえます。
参考
企業実務 2026年4月号
経理部門のためのBCP策定ガイド
吉岡公認会計士事務所 吉岡博樹