近年、日本の金融実務は大きな転換点を迎えています。その象徴が「事業性融資の推進等に関する法律」の施行です。
この制度の核心にあるのが「企業価値担保権」という新しい担保の考え方です。従来の融資が不動産や個人保証に依存していたのに対し、企業そのものの価値を評価して資金を供給する枠組みへとシフトしていきます。
本記事では、この制度の構造と実務への影響を整理します。
企業価値担保権の本質
企業価値担保権とは、企業の個別資産ではなく「事業全体」を担保とする制度です。
従来の担保は、不動産や動産といった個別資産に紐づいていました。しかし新制度では、有形資産だけでなく無形資産や将来の収益力も含めて評価されます。
つまり、担保の対象が「モノ」から「事業そのもの」に変わるという点が本質です。
また、この担保権は信託構造を前提としており、債務者・受託者・債権者といった関係者によって成立します。登記によって第三者対抗要件が備えられ、優先順位も登記の先後で決まる仕組みです。
従来の融資との違い
この制度は、従来の融資慣行と大きく異なります。
最大の違いは、以下の3点に集約されます。
第一に、担保の対象です。従来は不動産中心でしたが、新制度では事業全体が対象となります。
第二に、評価方法です。過去の財務情報ではなく、将来のキャッシュフローや事業計画が重視されます。
第三に、経営者保証の位置づけです。制度の趣旨としては、個人保証への依存を減らす方向にあります。
この変化は、単なる制度変更ではなく、金融の思想そのものの転換といえます。
中小企業にとってのメリット
中小企業にとってのメリットとしては、主に以下の点が挙げられます。
有形資産がなくても融資が可能になること、経営者保証の代替が期待されること、手続やコストが軽減される可能性があること、そして金融機関との関係が深化することです。
特に重要なのは、「事業そのものが評価される」という点です。
これまで資産を持たない企業は、いくら収益性が高くても資金調達が難しいケースがありました。この制度は、その構造的な制約を緩和する可能性があります。
制度が機能するための前提
もっとも、この制度は自動的に機能するものではありません。
事業性融資では、企業の過去ではなく将来が問われます。そのため、事業計画の質が極めて重要になります。
具体的には、将来のキャッシュフローの合理性、事業モデルの説明力、収益構造の明確性などが求められます。
単に決算書を提出するだけでは不十分であり、自社の強みや競争優位性を言語化し、金融機関に理解してもらうことが不可欠です。
実務上の変化と注意点
この制度の導入により、実務も変わります。
金融機関は、従来の担保評価中心の審査から、事業内容を深く理解する審査へとシフトします。一方で企業側も、財務情報だけでなく、事業の将来性を説明する責任を負うことになります。
また、制度は義務ではないため、すべての金融機関が一斉に導入するわけではありません。実務への浸透は段階的に進むと考えられます。
さらに、担保の実行時には事業譲渡などを前提とした手続が想定されており、従来の担保処分とは異なる対応が必要になります。
結論
企業価値担保権の導入は、担保主義から事業評価主義への転換を意味します。
これは単なる制度変更ではなく、「何をもって信用とするか」という金融の根本的な考え方の変化です。
今後は、資産の有無ではなく、事業の質と将来性が資金調達を左右する時代に入ります。その前提に立てば、企業に求められるのは「数字」だけではなく、「説明できる事業」です。
制度を活用できるかどうかは、自社の価値をどこまで言語化し、伝えられるかにかかっているといえます。
参考
企業実務 2026年4月号
事業性融資の推進等に関する法と企業価値担保権に関する解説記事