少子高齢化が進むなかで、高齢者の労働参加は日本経済の持続性を左右する重要なテーマとなっています。実際、働く意欲を持つ高齢者は増加している一方で、現実の就業行動にはある「ブレーキ」が存在してきました。
その代表が在職老齢年金です。
2026年の制度改正により、このブレーキが大きく緩和されます。本稿では、その仕組みと影響、そして今後の実務判断のポイントを整理します。
在職老齢年金の仕組み
在職老齢年金とは、厚生年金を受給しながら働く場合に、一定の収入を超えると年金の一部または全部が支給停止される制度です。
ポイントは次のとおりです。
・給与(賞与含む)と年金の合計額で判定される
・一定基準を超えると、超過分の1/2が年金から減額される
・減額対象は老齢厚生年金(基礎年金は対象外)
具体的には、総報酬月額相当額と年金月額の合計が基準を超えた場合に調整が行われます。
働きたいのに働かない構造
高齢者の就労意欲は決して低くありません。多くの人が70歳以降も働きたいと考えています。
しかし実際には、就業時間を調整する人が多数存在します。
その理由は明確です。
・働くと年金が減る
・収入増加のメリットが薄れる
・心理的に損をしたくない
つまり、制度が労働供給を抑制している構造になっているのです。
これは典型的な制度インセンティブの歪みといえます。
2026年改正のインパクト
今回の改正で最も重要なのは、支給停止調整額の引上げです。
・従来:約51万円
・改正後:65万円
これは非常に大きな変更です。
例えば、年金15万円・給与46万円というケースでは、
従来は一部支給停止
改正後は支給停止なし
となります。
つまり、働いても年金が減らない範囲が大幅に拡大されたということです。
就業調整はどう変わるのか
この改正により、行動は大きく変わります。
従来
・収入を抑える
・勤務時間を減らす
・再雇用で低賃金を受け入れる
改正後
・より長く働く
・収入を積極的に増やす
・フルタイムに近づく
つまり、抑制から解放への転換が起きます。
これは単なる制度変更ではなく、労働市場の構造変化です。
企業側にとっての意味
企業にとっては、明確にチャンスです。
・人手不足の緩和
・熟練人材の活用
・教育コストの削減
特に重要なのは、経験の継承です。
ベテラン人材は単なる労働力ではなく、知識の資産です。
実務上の対応ポイント
今回の制度変更は、単に制度理解にとどまりません。実務上は次のような見直しが必要になります。
・給与体系の再設計
・勤務時間の柔軟化
・再雇用制度の見直し
・キャリアパスの再構築
・人件費シミュレーション
特に重要なのは、従来の「賃金を下げて雇う」という前提が崩れる点です。
これまでの制度は、年金減額を避けるために低賃金設計を誘導してきました。しかし、今後は必ずしもその必要はありません。
制度はさらに変わる可能性がある
今回の改正はゴールではありません。
・さらなる基準引上げ
・制度の簡素化
・最終的な廃止議論
といった流れも現実的に想定されます。
背景には明確な政策意図があります。
それは、高齢者を「支える側」から「支える側へ」移行させることです。
結論
在職老齢年金はこれまで、高齢者の働き方を抑制する制度として機能してきました。
しかし今回の改正により、その役割は大きく変わります。
今後は、
・働くほど得になる設計へ
・労働供給を促進する制度へ
と転換していきます。
企業にとっても個人にとっても、この変化は単なる制度改正ではなく「意思決定の前提条件の変化」です。
ここを正しく理解できるかどうかが、今後の働き方と収入に大きな差を生むことになります。
参考
企業実務 2026年4月号 在職老齢年金制度解説記事