事業承継税制の特例措置について、いよいよ見直し議論が本格的に再開されました。
令和9年度税制改正で結論を得るとされているこのテーマは、今後の中小企業政策の方向性を左右する重要論点の一つです。
今回の検討会資料では、制度の実績データとともに、今後の制度設計に関する具体的な論点が提示されています。
本稿では、その内容を整理しながら、事業承継税制がどのような方向へ進もうとしているのかを読み解きます。
特例制度の実績が示すもの
まず注目すべきは、これまでの特例制度の利用実績です。
特に重要なのは、贈与による承継と相続による承継の比較です。
検討会資料によれば、承継後5年間の売上高の推移において、贈与による承継の方が相続よりも高い成長率を示しています。
さらに特徴的なのは、承継までの準備期間です。
贈与の場合、約6割の企業が半年以上の助走期間を経て承継しており、この準備期間が承継後の成長に寄与していると考えられています。
この点は非常に示唆的です。
つまり制度として「早めに計画的に承継させる仕組み」が、企業の成長に直結している可能性があるということです。
後継者は“1人”が前提の制度設計
次に、後継者の人数に関する実態です。
特例活用企業のうち、後継者が1人であるケースは93.7%と圧倒的多数を占めています。
複数後継者のケースは合計でも6.3%にとどまります。
この結果は、制度設計の前提を示しています。
すなわち、事業承継は基本的に「単独承継」を想定しているということです。
ここから導かれる論点は明確です。
制度として複数後継者をどこまで許容するのか、それとも現実に合わせて単独承継を前提とする設計を強化するのかという問題です。
これは単なる税制論ではなく、企業統治や経営権の安定性にも直結するテーマといえます。
雇用要件の“形骸化”と再設計の方向性
現行制度の重要要件の一つに「雇用の8割維持」があります。
しかし実態を見ると、特例活用企業の約96%がこの要件を達成しています。
さらに、未達の場合でも一定の事情があれば猶予継続が認められています。
この状況は何を意味するのでしょうか。
一つは、制度としての実効性が弱まっている可能性です。
もう一つは、現代の経済環境とのミスマッチです。
労働人口の減少や省人化の進展を踏まえると、単純な人数維持は合理的な指標とは言えなくなっています。
そのため、今回の論点では「賃金」や「地域経済への貢献」といった新たな評価軸の導入が示唆されています。
これは制度の大きな転換点となり得ます。
雇用人数から「経済的価値の創出」へと評価軸が移る可能性があるからです。
政策の焦点は“成長企業”へ
今回の議論の中で最も重要な方向性はここにあります。
事務局は、今後の制度について
「生産性向上に挑戦し、地域経済に貢献する企業を対象とすべき」
という考え方を提示しています。
これは従来の制度とは明確に異なる視点です。
これまでの事業承継税制は、どちらかといえば
・雇用維持
・事業の継続
といった“守り”の要素が強い制度でした。
しかし今後は
・成長性
・生産性
・地域への波及効果
といった“攻め”の要素が重視される可能性があります。
つまり、単に承継すればよい制度から、
「承継後に成長できる企業を選別する制度」へと変わる可能性があるということです。
制度は“贈与シフト”へ向かうのか
もう一つの重要論点が、贈与と相続のバランスです。
今回の資料では、贈与による承継を促進する方向性が明確に示されています。
これは先ほどの実績分析とも整合的です。
贈与の特徴は、経営者が関与した状態で承継を進められる点にあります。
つまり、計画性と移行の円滑性が確保されやすいということです。
このため今後は
・贈与の優遇拡大
・相続依存の縮小
といった方向に制度がシフトする可能性があります。
これは実務上も大きな影響を持ちます。
承継のタイミングを「いつ起きるかわからない相続」から「戦略的に行う贈与」へと移す必要があるからです。
結論
今回の議論を整理すると、事業承継税制は次の3つの方向に進もうとしています。
第一に、贈与を中心とした計画的承継の促進です。
第二に、雇用維持から生産性・地域貢献への評価軸の転換です。
第三に、成長可能性のある企業への重点化です。
これらを踏まえると、制度は単なる税負担軽減の仕組みではなく、
中小企業政策そのものとして再設計されようとしているといえます。
今後の税制改正では、適用範囲や要件が大きく変わる可能性があります。
特に、これまで特例を前提に承継を検討していた企業にとっては、戦略の見直しが不可避となるでしょう。
制度の“延長”ではなく、“質的転換”が起きる局面に入っているといえます。
参考
・税のしるべ 2026年3月23日号
・中小企業庁「親族内承継に関する検討会」資料(2026年3月公表)