病気やケガで働けなくなった場合、会社員には傷病手当金という制度があります。一定期間、収入の約3分の2が支給されるため、「これで生活は維持できるのではないか」と考える人も少なくありません。
しかし、実際の家計に当てはめてみると、その評価は大きく変わります。本稿では、傷病手当金の仕組みを確認したうえで、「生活が回るのか」を具体的に検証します。
傷病手当金の基本構造
傷病手当金は、業務外の病気やケガにより働けなくなった場合に支給される制度です。
主なポイントは以下の通りです。
- 支給額はおおむね給与の約3分の2
- 支給期間は最長1年6カ月
- 連続した3日間の待機期間後、4日目から支給
- 同一傷病であれば期間内で再支給可能
重要なのは、「収入の全額ではない」という点と、「期間に上限がある」という点です。
まず前提となる生活費の構造
生活が回るかどうかを判断するには、支出構造の分解が不可欠です。
家計の支出は大きく2つに分かれます。
固定費
- 住宅ローン・家賃
- 保険料
- 通信費
- 教育費
変動費
- 食費
- 日用品費
- 交際費
このうち、問題となるのは固定費です。固定費は収入が減ってもすぐには削減できません。
モデルケースでの試算
ここでは、典型的な会社員世帯を想定して試算します。
前提条件
- 手取り月収:30万円
- 傷病手当金:20万円(約3分の2)
- 毎月の支出:28万円
収支の変化
- 収入:30万円 → 20万円
- 支出:28万円 →(ほぼ変わらず)
→ 毎月8万円の赤字
この状態が1年間続いた場合、
- 8万円 × 12カ月 = 96万円の資産取り崩し
となります。
見落とされがちな3つのポイント
①社会保険料の負担は続く
休職中でも、
- 健康保険料
- 厚生年金保険料
の負担は原則として継続します。
つまり、実質的な可処分所得はさらに減少します。
②賞与が消える影響
傷病手当金は月収ベースの補填であり、賞与はカバーされません。
賞与を前提に家計設計をしている場合、
- 年間で数十万円〜百万円単位の収入減
となる可能性があります。
③支出はむしろ増える可能性がある
療養中は、
- 通院費
- 医療関連費
- 在宅時間増加による生活費増
などにより、支出が増えるケースもあります。
1年6カ月後の「崖」
傷病手当金の最大の問題は、支給終了後です。
1年6カ月を超えると、
- 傷病手当金は終了
- 障害年金に移行できるかは不確実
という状況になります。
障害年金は、
- 等級認定が必要
- 必ず受給できるわけではない
ため、「無収入状態」に陥るリスクが現実的に存在します。
生活が回る人・回らない人の違い
傷病手当金だけで生活が回るかどうかは、次の要素で決まります。
回る可能性が高いケース
- 固定費が低い
- 貯蓄が十分にある
- 共働きで収入が分散されている
回らない可能性が高いケース
- 住宅ローンなど固定費が重い
- 教育費負担がある
- 単独収入に依存している
結論
傷病手当金は、短期的な生活維持には有効な制度です。
しかし、
- 収入は約3分の2に減少する
- 支出はすぐには減らない
- 支給期間には上限がある
という構造を踏まえると、「それだけで生活が回る」と考えるのは現実的ではありません。
重要なのは、
- 月次の収支差額を把握すること
- 固定費の水準を見直すこと
- 1年6カ月後のリスクを織り込むこと
です。
傷病手当金は「完全な保障」ではなく、「時間を稼ぐ制度」です。この前提に立ち、貯蓄や保険と組み合わせた設計を行うことが、現実的なリスク管理につながります。
参考
日本FP協会 平野敦之「働けなくなった時のリスクに備える就業不能保険」2026年
全国健康保険協会 傷病手当金に関する資料
生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」2024年