「在宅復帰率88%の病院」が問いかけるもの ― 地域包括ケアはどこまで実現できるのか

人生100年時代
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人生の最期をどこで迎えたいかという問いに対し、多くの人が「自宅」と答えます。
しかし現実には、最期を病院で迎える人が多数を占めています。

この理想と現実のギャップはなぜ生まれるのでしょうか。
そして、それは本当に埋めることができるのでしょうか。

東京都板橋区にある「おうちにかえろう。病院」は、この問いに真正面から向き合う存在です。
在宅復帰率88%という数字は、単なる医療機関の成果ではなく、今後の医療・介護の方向性そのものを示唆しています。


地域包括ケア病床という仕組み

「おうちにかえろう。病院」は、いわゆる急性期病院ではありません。
急性期を脱した患者が、在宅復帰に向けて一時的に入院する「地域包括ケア病床」に特化した施設です。

この病床の役割は大きく3つあります。

・急性期後のリハビリ
・在宅復帰支援
・在宅療養中の急変対応

つまり、治療の場というよりも「生活に戻るための準備の場」です。

日本の医療制度は長らく「治す医療」を中心に発展してきましたが、高齢化が進む中で「支える医療」への転換が求められています。
地域包括ケア病床は、その象徴的な仕組みといえます。


病院の中に「日常」を持ち込むという発想

この病院の特徴は、単に機能として在宅復帰を支援するだけではありません。
「生活そのもの」を病院の中に再現している点にあります。

リハビリスペースとカフェが地続きで配置され、患者は実際にお金を払って買い物をします。
人の目に触れる空間でリハビリを行うため、自然と身だしなみを整える意識も生まれます。

これは単なる演出ではありません。
在宅生活に戻るために必要な「行動」や「心理状態」を、日常に近い形で再現しているのです。

医療行為だけでは在宅復帰は実現しません。
生活を取り戻すプロセスそのものが必要であるという発想がここにあります。


「職種を外す」ことで生まれる関係性

さらに特徴的なのは、スタッフの働き方です。

・ナースステーションがない
・院長室がない
・ユニフォームもない

これらは一見すると非効率にも見えます。
しかし目的は明確です。

「患者と職員」という関係ではなく、「人と人」として関わるためです。

医療現場ではどうしても役割が強く意識されます。
しかし、人生の最終局面に近い患者にとって重要なのは、治療だけではなく「対話」です。

患者が本当に望んでいることは何か。
自宅に帰りたいのか、それとも別の選択なのか。

この病院では、患者の言葉を大量に記録し、チームで共有しながら多角的に検討します。
ここには、医療の枠を超えた「意思決定支援」の仕組みがあります。


在宅復帰率88%が意味するもの

この病院の在宅復帰率は88%とされています。
これは、地域包括ケア病床の基準(72.5%)を大きく上回る水準です。

この数字の意味は単純ではありません。

重要なのは、「医療の質が高いから戻れる」という話ではない点です。
むしろ、

・生活再建の支援
・心理的な準備
・家族や地域との接続

といった要素が揃って初めて実現する数字です。

言い換えれば、在宅復帰率は「医療の成果」ではなく「社会の連携力」を示す指標ともいえます。


なぜ「自宅で最期」が実現しないのか

内閣府の調査では、自宅で最期を迎えたい人は約46%にのぼります。
それにもかかわらず、実際には多くの人が病院で亡くなっています。

この背景にはいくつかの構造的な問題があります。

・在宅医療の体制不足
・家族の介護負担
・急変時の不安
・医療機関との連携不足

つまり、「自宅で過ごしたい」という希望はあっても、それを支える仕組みが不十分なのです。

地域包括ケアは、このギャップを埋めるための政策概念ですが、実際の現場ではまだ十分に機能しているとは言えません。


医療の役割はどこまで広がるのか

この病院の取り組みは、医療の役割そのものを問い直しています。

従来の医療は「治療」が中心でした。
しかしこれからは、

・生活を支える
・意思決定を支える
・最期のあり方を支える

といった機能が求められます。

これは医療の拡張であると同時に、医療だけでは完結しない領域でもあります。
介護、地域、家族、さらには制度設計との連携が不可欠です。


結論

「おうちにかえろう。病院」が示しているのは、特別な成功事例ではありません。
むしろ、本来あるべき医療と生活の関係を可視化した存在です。

在宅復帰率88%という数字の背景には、

・生活を取り戻すための環境設計
・人として向き合う関係性
・多職種による意思決定支援

が存在しています。

これからの医療は、「どこで治すか」ではなく「どう生きるか」を支える方向へと変わっていきます。
そしてその延長線上に、「どこで最期を迎えるか」という問いが位置づけられます。

地域包括ケアは制度ではなく、社会のあり方そのものです。
その実現に向けて、私たちは何を整備すべきなのかが問われています。


参考

日本経済新聞「探訪 ググッと首都圏 心もケア、在宅復帰率88%」2026年3月20日朝刊
内閣府 高齢者の健康と生活に関する調査(最新版)

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