相続税における不動産評価では、「貸家建付地」という独特の概念が存在します。賃貸されている建物の敷地については、通常の土地よりも評価額が下がる仕組みです。
この制度は現在の相続税実務では広く知られており、賃貸不動産を保有する場合の評価減の代表例として説明されることも少なくありません。
しかし、この貸家建付地という制度は、最初から存在していたわけではありません。日本の不動産賃貸制度と借家人保護の法制度の中で、徐々に形成されてきたものです。
本稿では、貸家建付地評価がどのような背景で生まれたのかを、相続税制度と借家権の歴史から整理します。
相続税における財産評価の考え方
相続税は、被相続人が死亡した時点における財産の価値に基づいて課税されます。この価値は「時価」とされています。
しかし、実務上すべての財産の時価を個別に評価することは困難です。そこで国税庁は、統一的な評価基準として財産評価基本通達を定めています。
この通達では、土地や建物の評価方法を具体的に定め、実務上の計算方法を示しています。
土地については路線価方式や倍率方式が用いられ、建物については固定資産税評価額を基礎とした評価が採用されています。
ただし、すべての土地が同じ条件で評価されるわけではありません。土地の利用状況によって評価額は調整されます。その代表例が貸家建付地です。
借家権という日本特有の権利
貸家建付地評価の根底にあるのは、「借家権」という権利です。
日本の借家制度では、借家人の権利が非常に強く保護されています。建物の賃貸借契約は、貸主の意思だけで自由に終了させることができません。
貸主が契約の更新を拒絶する場合には、正当事由が必要とされます。また、実務では立退料の支払いが求められるケースも多く見られます。
つまり、建物を賃貸している場合、所有者は建物を完全に自由に利用することができません。
このような利用制約は、土地や建物の価値にも影響します。借家人がいる建物は、空き家と比べて自由度が低くなるため、売却時の価格も下がることがあります。
相続税評価では、この点を反映する形で、借家権による価値の減少を考慮する仕組みが導入されました。
貸家建付地評価の制度化
貸家建付地の考え方は、昭和期の相続税実務の中で整備されました。
高度経済成長期には都市部で賃貸住宅が急増しました。アパートやマンションなどの賃貸物件が一般化し、賃貸不動産の評価問題が実務上の重要なテーマとなります。
その結果、賃貸されている土地は、自用地とは異なる評価を行う必要があると考えられるようになりました。
こうして財産評価基本通達では、貸家が建っている土地について、次のような減額評価を行うことが定められました。
自用地価額から、借地権割合と借家権割合を基礎とした一定割合を控除するという方法です。
この仕組みにより、賃貸物件の敷地は通常の土地よりも低い評価となります。
評価制度と市場価格の関係
もっとも、貸家建付地評価は市場価格をそのまま反映した制度ではありません。
相続税評価は、あくまで統一的な課税基準として設計されています。そのため、実際の不動産価格と完全に一致するわけではありません。
実際の不動産市場では、賃貸不動産の価値は主に収益力によって判断されます。
賃料収入が安定している物件は高く評価され、空室が多い物件は価格が下がります。
しかし、相続税評価では借家権による利用制約を中心に評価が組み立てられています。このため、市場価格とは異なる結果になる場合があります。
この点は、賃貸不動産の評価を考える際の重要な特徴と言えるでしょう。
制度と実務の距離
相続税評価の目的は、個々の財産の精密な市場価格を算定することではありません。多数の納税者に対して、統一的かつ公平な課税を行うことです。
そのため、評価通達は一定の簡便性を重視して設計されています。
しかし、近年は不動産投資市場の拡大や評価手法の高度化により、収益価格や取引価格を基準とする評価が一般的になっています。
このような市場環境の変化の中で、相続税評価とのギャップが議論される場面も増えています。
貸家建付地評価も、その代表的な例の一つと言えるでしょう。
結論
貸家建付地評価は、日本の借家制度と相続税実務の中で形成された制度です。借家人の権利による利用制約を考慮し、土地の評価額を減額する仕組みとして導入されました。
この制度は、課税実務の統一性という点では大きな役割を果たしています。
一方で、不動産市場では収益力が価値を左右するため、相続税評価と市場価格の間には一定のギャップが生じることもあります。
賃貸不動産の評価を考える際には、こうした制度の背景と評価方法の違いを理解しておくことが重要です。
参考
税のしるべ
品川芳宣「続・傍流の正論~税相を斬る 第82回 最判にも疑義③『空室』の価値」
2026年3月9日号
国税庁
財産評価基本通達
