基準額据え置きは「静かな増税」か ― 令和8年度改正を手がかりに考える

税理士
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物価上昇が続くなかで、税率は変わっていないにもかかわらず、負担感が増しているという声が広がっています。その背景の一つに、税制上の「基準額」や「閾値」の長期据え置きがあります。

令和8年度税制改正では、基準額・閾値の見直しが39件行われました。なかには40年以上据え置かれていたものも含まれています。この事実は、税率以外の部分で実質的な負担構造が変化してきたことを示唆しています。

本稿では、「基準額据え置きは静かな増税なのか」という論点を整理します。


税率が同じでも負担は変わる

税負担は、税率だけで決まるわけではありません。課税対象の範囲や、非課税限度額、各種控除の基準額によって大きく左右されます。

例えば、食事支給に係る所得税の非課税限度額や深夜勤務の夜食代の非課税限度額は、42年間据え置かれてきました。

仮に物価が上昇し、実際の支給額が増えても、非課税限度額が変わらなければ、課税対象部分は広がります。これは税率を引き上げなくても、税負担が増える構造です。

この現象を「静かな増税」と表現することがあります。


ブラケット・クリープとの共通点

経済学では、物価や名目賃金の上昇により、より高い税率区分に移行してしまう現象を「ブラケット・クリープ」と呼びます。

基準額据え置きも、構造としてはこれと類似しています。

  • 非課税枠が実質的に縮小する
  • 控除の価値が目減りする
  • 課税対象者が増える

税率を変えなくても、名目値の変化だけで税収が増える可能性があります。


政策当局の立場 ― 必ずしも「増税目的」ではない

もっとも、基準額の据え置きが直ちに意図的な増税政策とは限りません。

税制には以下のような制約があります。

1. 財政制約

基準額を物価に連動して引き上げれば、税収は減少します。社会保障費が増大するなかで、財源確保との調整が必要になります。

2. 制度の安定性

頻繁な改定は、実務負担や制度の分かりにくさを生む可能性があります。

3. 政策優先順位

大規模な税制改正が優先され、基準額の微調整は後回しになりがちです。

したがって、「放置」の結果として実質負担が増えているケースも少なくありません。


実質負担の変化をどう評価するか

問題は、名目税率ではなく実質的な負担構造です。

物価上昇率が一定水準を超えている局面では、基準額据え置きは次の影響を持ちます。

  • 実質可処分所得の減少
  • 福利厚生制度の設計変更
  • 中低所得層への相対的影響

特に非課税限度額や控除額は、所得階層によって影響度が異なります。

税制の中立性や公平性の観点からも、定期的な検証は不可欠です。


物価連動型税制という選択肢

海外では、所得税のブラケットや控除額を物価指数に連動させる制度を導入している国もあります。

日本でも、基準額の自動調整制度を導入するという議論は理論的には可能です。

ただし、物価連動は次の課題を伴います。

  • 税収の不安定化
  • 財政規律との調整
  • デフレ局面での逆方向調整の扱い

税制の柔軟性と財政の安定性の両立が求められます。


結論

基準額の長期据え置きは、結果として実質的な負担増をもたらす場合があります。その意味で、「静かな増税」と呼ばれる現象は確かに存在します。

ただし、それが常に意図的な増税政策であるとは限りません。財政制約や制度運営上の課題の中で、調整が遅れている面もあります。

重要なのは、税率だけでなく「基準額」という構造部分にも目を向けることです。令和8年度税制改正での見直しは、その点検作業の一歩といえます。

税制の実質的な公平性を確保するためには、定期的な横断的点検と透明な議論が今後も求められます。


参考

・税のしるべ 2026年3月2日「8年度税制改正による基準額等の見直しは39件、食事支給に係る所得税非課税限度額など」
・政府 公的制度の基準額・閾値の点検・見直しに関する関係府省庁連絡会議資料

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