「投資国家」と財政規律――高市政権の積極財政が抱える構造問題

政策

日本の財政政策は、長く「需要不足をどう補うか」という視点で議論されてきました。デフレからの脱却を目指す金融緩和と財政出動は、その典型です。

しかし現在、日本の財政議論は別の段階に入りつつあります。政府は経済成長を促すため、人工知能や半導体、エネルギーなどの戦略分野に対して大規模な投資を行う構想を掲げています。

この動きは、日本だけではありません。米国や欧州でも国家主導の産業投資が拡大しています。こうした政策は「投資国家」と呼ばれる新しい政府の役割を示すものです。

もっとも、この政策には大きな問題があります。それは「財源」と「財政規律」です。

高市政権の積極財政は、どのような構造を持ち、どこに課題があるのでしょうか。


積極財政の二つの顔

高市政権の財政政策は、一見すると単純な拡張財政に見えます。しかし、その中身は二つの性格を持っています。

一つ目は、需要を刺激する財政政策です。
金融緩和と財政拡張を組み合わせ、経済活動を活発化させる「高圧経済」の発想です。

この考え方では、政府支出によって景気を刺激し、企業投資や賃金上昇を引き起こすことで経済を活性化させます。しかし、この政策には副作用が指摘されています。

主な懸念は次の三つです。

・インフレの加速
・国債増発による金利上昇
・日米金利差拡大による円安

実際、英国では2022年にトラス政権の大型減税政策が市場の信認を失い、国債市場が混乱する「トラスショック」が起きました。日本でも同様の事態が起きるのではないかという懸念が市場では意識されています。

こうした事情もあり、日本政府の予算規模は当初想定より抑制的な水準に落ち着いています。


もう一つの側面――供給力強化型の財政

高市政権の財政政策で最近強調されているのは、むしろこちらです。

それは「供給力強化」です。

施政方針演説では、これまで頻繁に使われてきた「デフレ脱却」という言葉がほとんど見られなくなりました。その代わりに目立つのが

投資
成長
危機管理

といった言葉です。

政府は次のような戦略分野に財政資源を集中させる方針を掲げています。

・人工知能
・半導体
・造船
・エネルギー安全保障
・GX(グリーントランスフォーメーション)

これらは単なる産業振興ではなく、経済安全保障と密接に結びついた分野です。


世界で広がる「投資国家」

この政策は、日本だけの特殊なものではありません。

近年、世界では政府主導の産業投資が急速に広がっています。

代表例として挙げられるのが、米国の次の法律です。

・CHIPS・科学法(半導体投資)
・インフレ抑制法(脱炭素投資)

欧州連合も「次世代EU」という枠組みでグリーン・デジタル分野への投資を進めています。

この流れの背景には、地政学リスクの高まりがあります。

半導体
重要鉱物
エネルギー

といった分野では、単なる市場競争ではなく国家安全保障が重要になっています。

その結果、政府の役割は大きく変わりました。

かつて政府は

規制緩和
法人減税
インフラ整備

などを通じて企業活動を支える存在でした。

しかし現在は

政府自身が投資主体になる

という形に変化しています。

これが「投資国家」と呼ばれる新しい政策モデルです。


問題になる予算制度

しかし、この政策には制度上の問題があります。

日本の財政制度は「単年度予算」が原則です。
つまり、毎年国会で予算を審議し決定します。

これは財政民主主義を守る重要な仕組みですが、産業投資には不向きです。

理由は単純です。

民間企業は長期投資を行う際、政府の支援が将来も続くかどうかを重視します。
しかし単年度予算では、翌年度の予算が保証されません。

そのため政府は

多年度の投資枠

を設ける構想を示しています。

ここで議論されているのが「ダイナミック・スコアリング」です。

これは、政府投資による経済成長と税収増を動学モデルで推計し、長期的な財政収支を評価する手法です。

例えば次のような考え方です。

・初期は投資コストで赤字
・将来は成長による税収増
・長期では財政収支が均衡

この前提が成立すれば、積極投資の正当性が説明できるという考え方です。


ダイナミック・スコアリングの問題

しかし、この手法には大きな問題があります。

第一に、推計の不確実性です。

経済成長や税収は、モデルの設定によって大きく変わります。
楽観的な前提を置けば、どのような投資でも「黒字になる」と試算できてしまう可能性があります。

第二に、民主的統制の弱体化です。

多年度予算が固定されると、議会は途中で政策を修正しにくくなります。
仮に投資が失敗しても、長期間にわたり支出が続く可能性があります。

この点は、財政民主主義との緊張関係を生みます。


最大の問題は財源

さらに重要なのが財源です。

GX政策では、次のような償還スキームが設計されています。

・GX経済移行債で資金調達
・炭素賦課金
・排出量取引オークション

つまり将来の財源が想定されています。

しかし、その他の成長投資については明確な財源が見えていません。

同時に、日本の財政には別の圧力も存在します。

・金利上昇による国債利払い費の増加
・防衛費の増額
・給付付き税額控除の導入

これらを合計すると、財政負担は急速に膨らむ可能性があります。

実際、国債利払い費はすでに増加し始めています。
金利が1%上振れすれば、利払い費はさらに数兆円増えると試算されています。


金利上昇時代の財政

ゼロ金利時代には、国債を発行しても利払い負担は小さいものでした。

しかし現在は状況が変わりつつあります。

金利上昇は次の影響を持ちます。

・国債利払い費の増加
・財政支出の圧迫
・市場の財政信認への影響

つまり、財政運営はこれまでより難しくなります。

こうした環境では、消費税減税のような追加的な財政負担は、市場の信認を損なう可能性があります。


結論

現在の世界経済では、政府が戦略産業に投資する「投資国家」の流れが広がっています。

日本の成長戦略もこの潮流の中にあります。

しかし、投資国家は単なる財政拡張ではありません。
長期的に投資を回収できる制度設計と財源確保が不可欠です。

特に日本の場合、次の三つの課題があります。

・多年度投資と財政民主主義の調整
・ダイナミック・スコアリングの信頼性
・成長投資の安定財源

これらを解決できなければ、積極財政は持続しません。

投資国家の成功は、投資規模ではなく制度設計にかかっていると言えるでしょう。


参考

日本経済新聞
2026年3月4日 朝刊
経済教室
諸富徹(京都大学教授)
衆院選後の高市政権の課題(中)「積極財政」の財源は不透明

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