研究者が起業する時代が本格化しています。大学や研究機関から生まれるディープテック(先端技術)スタートアップは、医療や環境、素材、AIなど、社会構造そのものを変え得る可能性を秘めています。
一方で、研究者がそのまま経営者になれるわけではありません。技術と経営の間には大きな断絶があります。この断絶を埋める存在として、伴走型ベンチャーキャピタル(VC)の役割が注目されています。
本稿では、研究者起業を支えるVCの進化と、ディープテック投資が日本経済に与える意味を整理します。
ディープテックと従来型スタートアップの違い
ディープテックとは、大学や研究機関発の高度な科学技術を基盤とする事業です。創薬、医療機器、量子技術、素材、宇宙、ロボティクスなどが代表例です。
従来のITスタートアップと比べて、以下の特徴があります。
- 技術検証に時間がかかる
- 設備投資が重い
- 規制対応が必要(特に医療)
- 収益化までの期間が長い
つまり、短期間で急成長するモデルとは性格が異なります。
このため、資金供給だけでは不十分です。技術の社会実装までの道筋を描き、組織を作り、資本政策を設計し、次の資金調達へとつなぐ「構造設計」が不可欠になります。
ANRIの伴走モデル
ANRIは、これまでIT分野で高いリターンを実現してきたVCですが、近年はディープテック投資に軸足を移しています。
宮崎勇典氏のように、生命科学の博士号を持つキャピタリストが研究者と対話し、技術の可能性を事業構造に落とし込んでいきます。
支援先の一つであるコウソミルは、血液中の酵素活性を分子レベルで分析し、膵臓がんの早期診断を目指す企業です。研究者出身の経営者にとって、資本政策や組織設計は未知の領域です。そこにVCが入り込み、伴走します。
このモデルは、単なる「投資」ではありません。技術と経営を橋渡しする「翻訳機能」を担っているといえます。
EIR制度という仕組み化
ANRIは客員起業家(EIR:Entrepreneur in Residence)制度を導入しています。起業志望者が一定期間VCに所属し、事業の種を探索する仕組みです。
この制度の意義は、偶然の出会いを制度化する点にあります。
日本では、
- 研究者は研究室に閉じがち
- 企業人材は研究現場にアクセスしにくい
という分断があります。EIR制度は、この分断を埋める「接点」を意図的に作ります。
米国では、大学発スタートアップとVCの接続が制度的に整備されています。日本もようやく、その構造づくりに踏み出した段階といえます。
ディープテック投資の難しさと可能性
ディープテックは時間も資金もかかります。途中で技術的な壁に直面する可能性もあります。
それでも投資する理由は、成功した場合の社会的インパクトが極めて大きいからです。
- 医療費構造の変化
- 新産業の創出
- 高付加価値輸出の拡大
- 技術主権の確保
これは単なるベンチャー投資ではなく、国家の産業戦略とも接続する領域です。
日本は基礎研究の水準が高い一方で、社会実装で後れを取ってきました。ディープテックVCの成熟は、このギャップを埋める可能性があります。
税制・制度面から見た課題
ディープテックの成長には、資金だけでなく制度環境も重要です。
- 研究開発税制
- ストックオプション課税
- エンジェル税制
- 大学発ベンチャー支援制度
これらが連動しなければ、資本は海外へ流出します。
とりわけ、ストックオプション課税のタイミングや評価方法は、優秀な人材確保に直結します。ディープテックは成功確率が低い分、成功時の報酬設計が極めて重要です。
VCの進化と並行して、税制の設計思想も問われています。
「圧倒的未来」を支える構造設計
ANRIの掲げる「圧倒的未来」という言葉は象徴的です。
未来は偶然に生まれるのではなく、構造を設計しなければ実現しません。
- 技術
- 経営
- 資本
- 制度
これらが重なったときに、初めてディープテックは社会に実装されます。
研究者が安心して起業できる環境を整えることは、日本経済の競争力に直結します。VCは黒子のような存在ですが、その役割は極めて大きいといえます。
結論
ディープテック時代のVCは、資金提供者ではなく「設計者」です。
研究者と資本をつなぎ、技術を社会実装へ導く翻訳者であり伴走者です。日本が研究力を経済成長に結びつけるためには、この伴走型モデルの拡大が不可欠です。
大学発スタートアップが一過性のブームで終わるのか、それとも新産業の柱になるのか。その分岐点に、VCの進化があります。
参考
日本経済新聞「STARTUP X 変化を探る黒子たち(5)研究者の起業、プロが伴走」2026年2月26日 朝刊
ANRI 公開情報
各種ディープテック政策資料

