物価高、人件費の上昇、資金繰り環境の変化。中小企業を取り巻く経営環境はここ数年で大きく様変わりしました。そのような局面で示された令和8年度税制改正大綱は、単なる税率や控除の見直しにとどまらず、中小企業経営に直接的な影響を及ぼす内容を含んでいます。
本稿では、個別制度の詳細に入る前に、今回の大綱がどのような基本思想のもとで設計されているのかを、中小企業の視点から整理します。
物価高とコスト上昇を前提にした税制設計
現在の中小企業経営において最大の課題は、原材料費・エネルギー費・人件費の上昇です。価格転嫁が十分に進まない業種では、利益率の低下が続いています。
今回の税制改正大綱は、こうした状況を前提に、賃上げ促進税制や設備投資関連税制を通じて企業行動を後押しする構造をとっています。単純な減税ではなく、「一定の行動をとる企業に対して優遇する」というインセンティブ型の設計です。
しかし、ここで重要なのは適用要件の実務負担です。賃上げ率の計算方法、控除限度額の判定、証憑の保存。制度が複雑であればあるほど、活用できる企業とそうでない企業の差が広がります。
税制が経営支援策として機能するためには、制度の使いやすさが不可欠です。理念と実務の距離が問われる局面といえます。
税負担の公平と中小企業への影響
大綱では「税負担の適正化」や「公平性の確保」が繰り返し示されています。高所得者課税の強化や金融所得課税の見直しはその一環です。
一見すると中小企業とは距離のある議論のように見えますが、実際にはオーナー経営者や同族会社には直接影響します。役員報酬、配当、資産管理会社の活用など、個人課税と法人課税は密接に結びついています。
さらに、資産形成支援策との整合性も課題です。資本市場の活性化と再分配強化を同時に追求する場合、制度間のバランスを誤れば、経営者の投資行動に影響を及ぼします。
中小企業経営は、法人税制だけで完結するものではありません。個人課税との接点を踏まえた総合的な視点が必要になります。
成長促進税制の現実的な意味
設備投資減税や研究開発税制は、成長戦略の柱とされています。しかし、現場では「投資余力がある企業」しか活用できないという実情もあります。
物価高や人手不足への対応に追われる企業にとって、先行投資は容易ではありません。金融機関の融資姿勢や金利動向も影響します。
税制はあくまで投資判断を補強する要素であり、単独で投資を生み出すわけではありません。したがって、今回の改正を評価する際には、資金繰り環境や補助金政策との連動を視野に入れる必要があります。
税制が実効性を持つためには、「利益が出ている企業」だけでなく、「これから立て直す企業」にも届く設計が求められます。
納税環境のデジタル化と実務負担
電子帳簿保存法やインボイス制度の定着により、税務実務は急速にデジタル化しています。今回の大綱でも、納税環境整備やデータ活用の方向性が示されています。
中小企業にとっては、単なる制度改正以上に、会計・経理体制の整備が課題となります。クラウド会計の導入、証憑管理の電子化、内部統制の強化。これらは税務対応であると同時に経営管理の高度化でもあります。
一方で、IT投資の負担や人材不足という問題もあります。デジタル化は効率化をもたらす一方、過渡期にはコスト増を伴います。
税制改正は、こうした実務環境の変化と不可分であるという認識が重要です。
財政制約のもとでの政策選択
減税や優遇措置は歓迎されがちですが、財源問題は避けて通れません。社会保障費の増加や国債残高の累増という現実の中で、税制は常に制約を受けます。
中小企業にとっては、将来の増税リスクや社会保険料負担の動向も重要な経営要素です。短期的な優遇措置だけでなく、中長期的な税負担の見通しを踏まえた経営判断が必要になります。
今回の大綱は、支援と負担のバランスを模索する内容となっていますが、その持続可能性は今後の財政運営に左右されます。
結論
令和8年度税制改正大綱は、物価高への対応、成長促進、税負担の公平、財政制約という複数の政策課題を同時に扱う構造となっています。
中小企業の視点から見ると、重要なのは「制度の方向性」だけではなく、「実際に活用できるかどうか」です。適用要件、実務負担、資金繰りとの整合性を踏まえた検討が不可欠です。
税制は経営戦略の一部です。今回の改正を単なる制度変更として捉えるのではなく、自社の賃金政策、投資計画、資金管理とどう結び付けるかが問われています。
次回は、物価高への税制対応が中小企業と家計にどこまで実効性を持つのかを、具体的制度を踏まえて検討します。
参考
・自由民主党・公明党「令和8年度税制改正大綱」(令和7年12月公表)
・税理士界 第1457号(令和8年2月15日発行)特集「令和8年度税制改正大綱を検証」
