高齢化社会における「権利給付」と財政の持続可能性

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日本では減税や負担軽減を求める声が強まっています。物価上昇や社会保険料の増加が家計を圧迫するなかで、国民の負担感が高まっていることは確かです。しかし、歳入の議論が活発になる一方で、歳出、特に削減が難しい支出についての議論は十分とはいえません。

財政は歳入と歳出の両面で成り立っています。どちらか一方だけを議論しても、持続可能な制度設計にはつながりません。本稿では、近年あらためて注目されている「権利給付」という概念を軸に、日本財政の構造的課題を整理します。

権利給付とは何か

権利給付とは、法律によって受給資格と給付内容が定められ、一定の要件を満たせば給付が義務付けられる支出を指します。代表例が年金や公的医療、介護保険などの社会保障給付です。

これらの支出は、予算の裁量的配分によって柔軟に増減させることが難しいという特徴があります。受給権が法的に保障されている以上、政府は原則として支払いを行う義務を負います。そのため、景気悪化や税収減少があっても、支出が自動的に抑制されるわけではありません。

とりわけ公的医療は典型的な権利給付です。日本は国民皆保険制度の下、すべての国民が公的医療保険に加入し、医療サービスを受ける権利を有しています。医療需要が生じれば、制度に基づき給付が行われます。給付額に総額上限はなく、高齢化や医療技術の高度化に伴って自然増が続きやすい構造にあります。

高齢者医療費の構造と規模

近年、日本の財政を圧迫する要因の一つが高齢者医療費の増大です。医療費総額のうち、75歳以上の後期高齢者医療費が占める割合は大きく、高齢者1人当たり医療費も現役世代に比べて高水準です。

後期高齢者医療制度では、窓口負担は原則1割とされてきましたが、所得に応じて一部2割負担へ引き上げる見直しが行われました。これは権利給付の枠組みに手を付けた数少ない事例の一つです。

もっとも、窓口負担の引き上げだけで医療費全体の伸びを抑えることは容易ではありません。高齢者人口の増加、医療技術の進歩、慢性疾患の増加など、構造的要因が支出を押し上げています。

ここで重要なのは、医療費そのものの多寡だけでなく、その財源構成です。高齢者医療費は、本人負担に加え、現役世代の保険料負担や公費によって支えられています。つまり、世代間の財政移転が制度の前提となっているのです。

「暗黙の政府債務」という視点

権利給付はしばしば「暗黙の政府債務」とも呼ばれます。これは、将来にわたって支払いが予定されている給付を、広い意味で政府の負債とみなす考え方です。

国債のように帳簿上に明示されていなくても、法律で給付が約束されている以上、将来世代にとっては事実上の負担となります。少子高齢化が進行するなかで、支え手である現役世代が減少すれば、1人当たりの負担は相対的に重くなります。

財政赤字を議論する際、国債残高だけに注目すると、こうした制度上の将来負担が見えにくくなります。権利給付の持続可能性は、財政健全化の核心部分といえます。

減税議論と歳出改革の同時進行

減税や負担軽減を求める政策提案は、短期的には家計や企業を支援する効果があります。しかし、恒久的な減税を実施するのであれば、それに見合う歳出削減や制度改革が不可欠です。

特に社会保障分野は歳出の中核を占めており、ここに手を付けずに財政再建を実現することは困難です。ただし、権利給付の見直しは政治的にも社会的にも大きな抵抗を伴います。給付削減は直ちに受給者の生活に影響を与えるからです。

そのため、単純な削減論ではなく、制度設計そのものの再構築が求められます。例えば、所得や資産に応じた負担のあり方、給付の重点化、予防医療の強化など、多角的なアプローチが必要です。

また、世代間の公平性をどう確保するかという視点も欠かせません。現役世代の負担が過度に重くなれば、出生率や労働参加にも影響を与え、結果として制度の持続可能性をさらに損なう可能性があります。

財政民主主義の成熟に向けて

権利給付は、単なる財政技術論ではなく、社会の価値観に直結するテーマです。高齢者医療や年金をどこまで公的に保障するのか、そのための負担を誰がどの程度担うのかという問題は、国民的合意を要します。

政治的に難しいテーマであっても、歳出構造の議論を避け続けることはできません。減税と給付維持を同時に掲げることは魅力的に聞こえますが、財政の制約を踏まえた現実的な選択が求められます。

財政の持続可能性を確保するためには、歳入と歳出を一体として捉え、権利給付の在り方を含めた包括的な議論を深めることが不可欠です。短期的な人気取りではなく、中長期的視点に立った制度設計こそが、次世代への責任といえるでしょう。

結論

日本の財政問題の本質は、歳入不足だけでなく、構造的に拡大しやすい権利給付の存在にあります。高齢化が進む社会において、社会保障の持続可能性をどう確保するかは避けて通れない課題です。

減税や負担軽減を議論するのであれば、その前提として、権利給付を含む歳出の在り方を同時に見直す必要があります。世代間の公平性、制度の持続可能性、そして社会的合意形成という三つの軸を意識しながら、成熟した財政民主主義へと歩みを進めることが求められています。

参考

日本経済新聞 朝刊 私見卓見「『権利給付』の在り方、議論深めよ」荒渡良、2026年2月23日掲載

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