国外支店長を兼務する役員と源泉所得税の判定――「常時使用人」の曖昧さを考える

税理士
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国外支店に赴任した役員の報酬は、国内源泉所得に該当するのでしょうか。それとも国外源泉所得となるのでしょうか。

所得税法上、「内国法人の役員であっても、国外において常時使用人として勤務する場合に受ける役員報酬は、一般の使用人と同様に国内源泉所得としない」とされています。しかし、この「常時使用人」という概念は、条文上きわめて抽象的です。

実務の現場では、判断に迷う論点が複数存在します。本稿では、国外支店長を兼務する役員に関する源泉所得税の論点を整理し、制度設計上の曖昧さと実務対応の課題を考察します。


1.「役員」の範囲はどこまで含まれるのか

所得税法施行令285条および所得税基本通達161-42では、「役員」とのみ規定されています。

法人税法では役員の定義が比較的明確に規定されていますが、所得税法上は「代表取締役を含むのか」「専務・常務はどうか」といった点が条文からは明確に読み取れません。

代表取締役が国外支店長を兼務する場合も、条文上は排除されていないと読むことができます。しかし、実質的には会社の意思決定権限を持つ代表者が「常時使用人」と言えるのかという疑問が生じます。

法人税法と所得税法で役員概念の扱いが微妙に異なる点は、制度横断的な整合性の観点からも検討課題といえます。


2.使用人兼務役員の報酬は区分すべきか

法人税法では、使用人兼務役員の給与は「使用人相当額」と「役員相当額」に区分することが求められます。

しかし、所得税法上はその区分を前提として国外源泉所得判定を行うのか、それとも支給額全額で判定するのかが明示されていません。

条文の構造を素直に読むと、「国外支店の長として常時勤務する場合に受ける役員報酬」と規定されており、役員報酬全体を対象としているとも解されます。

仮に支給額全額で判定するとすれば、法人税法上の区分とのズレが生じます。法人税と所得税で異なるロジックが走ることになり、経理処理と源泉判定の整合性確保が難しくなります。


3.役員賞与は国外源泉所得に含まれるか

国外支店長として常時勤務する役員に対して、国内で支給される役員賞与がある場合、その扱いも問題となります。

法人税法では、役員賞与は原則損金不算入です。しかし、これは法人税の課税所得計算上の問題であり、所得税法上の源泉地判定とは別の次元の規定です。

源泉地の判定は「どこでどのような役務を提供したか」という観点で行われます。したがって、国外で常時勤務している実態があるのであれば、賞与も国外源泉所得と解する余地が大きいと考えられます。

この点でも、法人税法のロジックをそのまま援用できない難しさがあります。


4.「常時使用人」とは何を意味するのか

最大の論点はここにあります。

「常時使用人として勤務する」とは、どの程度の勤務実態を指すのでしょうか。

支店長であれば、日常業務は使用人としての業務が中心となるのが通常です。しかし、役員である以上、取締役会への出席や決議への参加は当然に職責に含まれます。

これをもって「常時使用人ではない」と評価するのか、それとも「役員としての勤務には使用人としての勤務も含まれる」と広く解するのか。

さらに、グローバル企業では、国外支店長が他の関連会社の役員を兼務しているケースも珍しくありません。このような兼務がある場合、「常時」の要件を満たすといえるのかという問題も生じます。

税務署から詳細な役務内容の照会が行われる実務を踏まえると、判断は形式ではなく実態重視で行われていると考えられます。しかし、その判断基準は明文化されていません。


5.チェックシート不在の問題

譲渡所得などでは、一定の判定基準が整理されたチェックシート的な実務ツールが存在します。

一方で、国外において常時使用人として勤務する役員の判定については、体系化されたチェックリストが存在しません。

結果として、

・役務内容の割合
・意思決定権限の範囲
・国内滞在日数
・兼務状況
・指揮命令関係

などを個別に積み上げて総合判断せざるを得ないのが実情です。

源泉徴収義務者にとっては、事前に明確な判断基準が示されないまま責任を負う構造になっています。


結論

国外支店長を兼務する役員に対する報酬の源泉地判定は、条文上はシンプルに見えても、実務では多層的な判断を要します。

・役員の範囲
・報酬区分の要否
・賞与の扱い
・常時使用人の定義
・兼務の影響

これらを総合的に検討する必要があります。

企業のグローバル化が進む現在、「常時使用人」という概念はますます曖昧になっています。源泉徴収義務者の予見可能性を高めるためにも、一定の実務指針やチェックシートの整備が望まれます。

制度の隙間にある「不思議」は、単なる学問的関心ではなく、実務上のリスクそのものです。源泉所得税は形式的な処理になりがちですが、だからこそ制度の構造を丁寧に理解することが重要になります。


参考

・税のしるべ「連載 源泉所得税の不思議 第7回」2026年2月16日
・国税庁「令和7年版 源泉徴収のあらまし」
・所得税法施行令第285条
・所得税基本通達161-42

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