米連邦最高裁は、トランプ政権が国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき発動した相互関税について、大統領には関税を課す権限がないと判断しました。
この判決は、単に一つの関税措置を無効としただけではありません。
米国憲法が関税賦課権限を議会に帰属させているという統治構造を再確認した点に、本質的な意味があります。
本稿では、まず今回判決の法的射程を整理し、そのうえでWTO紛争解決制度が機能不全にある現状を踏まえ、日本がどの立場をとるべきかを検討します。
1.判決の核心──IEEPAは関税権限を与えていない
争点は明確でした。
IEEPAが大統領に関税賦課権限を与えているのか、という点です。
最高裁は、IEEPAは広範な経済制裁権限を認めているものの、「関税」という伝統的に議会に属する権限までは付与していないと判断しました。
これは、行政権の拡張を抑制する合衆国憲法上の権力分立原則の確認でもあります。
したがって今回の違憲判断は、「関税そのものが違憲」としたのではなく、「IEEPAを根拠とする関税は違法」としたものです。
2.代替関税発動が示すもの──国内法的“再構成”の時代
判決直後、政権は1974年通商法122条に基づく10%関税を発動しました。
これは、議会が明示的に関税権限を一定範囲で行政に委任している法律です。
つまり、関税政策は違憲で終わるのではなく、「別の法的根拠で再構成される」ことを示しました。
ここから見えてくるのは、関税政策が
- 国際法(WTOルール)
- 国内憲法秩序
- 個別の通商立法
という三層の法体系の中で再編されているという現実です。
3.WTOはなぜ決定打にならないのか
本来であれば、追加関税の適法性はWTO紛争解決手続で争われるはずです。
しかし上級委員会が停止しているため、パネル判断が出ても最終確定しない事態が続いています。
その結果、
- 国内司法が実質的にブレーキをかける
- 各国は二国間交渉に依存する
- WTOの最終判断が宙に浮く
という構造が生まれています。
今回の違憲判決は、国際裁判ではなく国内裁判が政策を制約した象徴的事例です。
4.日本はどの立場をとるべきか
この状況で、日本に求められるのは次の三層戦略です。
(1)WTO改革の現実的推進
日本はルールベース秩序の受益国です。
したがって、上級委員会の機能回復を目指す立場を維持する必要があります。
ただし、米国の制度運用への不満を無視して制度再開を求めても実効性はありません。
制度の信頼回復に向けた調整役として動くことが現実的です。
(2)暫定的な紛争解決の確保
上級委員会停止下では、MPIAなどの暫定的仕組みを活用し、法的最終判断の経路を維持することが重要です。
法的出口が存在するという事実が、企業活動の予見可能性を支えます。
(3)地域協定でのルール維持
CPTPPなどの高水準の地域協定は、WTO停滞下でルールの空白を埋めます。
多国間が機能不全でも、地域レベルでルールを維持し続けることが、将来的な多国間復旧の基盤になります。
5.対米関係とのバランス
今回の判決は、米国内でも関税政策が無制限ではないことを示しました。
日本はこの点を冷静に評価しつつ、
- 対米では摩擦管理を重視
- 多国間では制度維持を重視
という分業的立場をとるべきです。
二者択一に陥らないことが、政策の柔軟性を確保します。
結論
米最高裁の違憲判決は、関税政策に憲法的制約が存在することを明確にしました。
しかし同時に、関税は国内法的に再構成され得ることも示しました。
国際秩序の制御装置であるWTOが機能不全にある中、国内法と政治交渉が前面に出る構造が強まっています。
この現実に対し、日本は
- WTOを軸に据え
- 暫定制度で補完し
- 地域協定で支え
- 対米では現実的に摩擦を管理する
という多層的戦略をとることが合理的です。
関税が「政策手段」として再び前面に出る時代において、日本の強みは、制度を粘り強く維持する立場にあります。
参考
日本経済新聞
・米最高裁、相互関税に違憲判決(2026年2月21日夕刊)
・米、代替10%関税発動へ(2026年2月21日夕刊)
・「関税違憲」でも踊れぬ市場(2026年2月21日夕刊)
WTO
・紛争解決制度に関する資料

