近年、日本の資本市場では株式市場中心の構造から、多様な資金調達手段の拡充へと議論が広がっています。その一つの象徴的な動きが、SBIホールディングスによるデジタル社債の上場計画です。報道によれば、2025年度中にも大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)において約100億円規模、1口1万円、年限3年のデジタル社債が上場される見込みとされています。
デジタル社債の公募発行はすでに行われてきましたが、「上場」という形で二次流通市場に乗るのは初のケースとなります。この動きは単なる新商品の登場ではなく、日本の社債市場の構造そのものに変化をもたらす可能性があります。
デジタル社債とは何か
デジタル社債とは、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用して発行・管理される社債を指します。従来の社債発行では、証券会社、信託銀行、振替機関など複数の主体が関与し、事務処理や管理コストが発生していました。
これに対して、デジタル社債では発行・管理情報がデジタル基盤上で一元管理されます。その結果として、次のような特徴が生まれます。
第一に、管理コストの低減です。事務フローが簡素化されることで、発行体にとってのコスト負担が軽減されます。
第二に、保有者情報のリアルタイム把握が可能となる点です。発行企業が投資家構成を把握しやすくなります。
第三に、少額単位での発行・流通が可能となる点です。
今回の社債は1口1万円単位とされており、従来100万円単位が主流であった社債市場の常識を大きく変える水準です。
上場の意義
これまでの社債投資は、発行時に証券会社経由で購入するのが一般的でした。人気銘柄は短期間で完売し、購入機会が限られるという側面もありました。また、二次流通市場では証券会社ごとに提示価格が異なり、価格の妥当性を投資家自身が判断する必要がありました。
今回、ODXという私設取引システム(PTS)に上場することで、次のような変化が期待されます。
まず、価格の透明性が高まります。市場での取引価格が形成されることで、他の債券との比較が容易になります。
次に、個人投資家の参入障壁が下がります。1万円単位での取引は、心理的にも資金的にも参加しやすい水準です。
さらに、流動性の向上が期待されます。上場されることで、売買の機会が明確になります。
上場という枠組みは、デジタル社債を「発行商品」から「市場商品」へと転換させる意味を持っています。
日本の社債市場の課題
日本の社債市場は、米国や欧州と比較すると規模が小さいと指摘されています。発行額・残高ともに米国の十分の一以下とされ、投資家層も機関投資家中心です。
米国では投資信託が社債保有の大きな担い手となっていますが、日本では社債投信の比率が低く、個人投資家が直接社債にアクセスする機会も限られています。その結果、企業の資金調達に占める社債の割合は一割程度にとどまっています。
銀行借入と株式発行の間に位置する社債市場が十分に育っていないことは、日本の金融構造の特徴の一つといえます。
金利上昇局面との関係
日銀の利上げにより市場金利が上昇すれば、預金金利との差異が明確になり、個人の債券投資需要は高まる可能性があります。とりわけ、一定期間安定した利回りを得たい投資家にとって、社債は選択肢となり得ます。
ただし、社債はあくまで企業への貸付です。元本保証商品ではありません。信用リスク、流動性リスク、価格変動リスクを十分に理解する必要があります。
デジタル化によって利便性は向上しますが、投資判断の本質は変わりません。
税務上の整理
税務上は、基本的に通常の社債と同様の取扱いとなります。
利子については20.315%の源泉分離課税が原則です。
売却益については譲渡所得課税の対象となります。
今後の実務上の論点としては、特定口座対応の有無や、デジタル証券特有の管理方式が税務処理にどのように反映されるかが挙げられます。市場拡大には、税務・会計実務の安定性も不可欠です。
発行体にとっての意味
企業側から見ると、デジタル社債は新たな資金調達手段となります。株式発行は希薄化を伴い、銀行借入は担保や財務制限条項の問題があります。社債市場が広がれば、資金調達の選択肢が増えます。
さらに、保有者情報の把握が容易になることで、投資家との関係構築にも活用できる可能性があります。報道では株主優待のような特典付与も検討されているとされ、債券とファンマーケティングを組み合わせる動きも注目されます。
結論
SBIによるデジタル社債の上場は、日本の社債市場の裾野を広げる試みとして重要な意味を持ちます。
少額化による参加拡大。
市場上場による透明性向上。
デジタル化によるコスト削減。
これらが組み合わさることで、日本の資金循環が「預金中心」から「市場型金融」へと一歩進む可能性があります。
もっとも、制度が整っても流動性が十分に確保されるか、信用情報が適切に開示されるかといった課題は残ります。市場の厚みが伴ってこそ、本格的な発展が実現します。
デジタル社債は技術革新の話題にとどまらず、日本の金融構造改革の一断面として位置づける必要があります。今後の発行事例と市場形成の進展を冷静に見守ることが重要です。
参考
日本経済新聞 2026年2月20日朝刊
「SBI、デジタル社債を初上場へ」
経済産業省 社債市場活性化に関する研究会資料 2025年10月以降公表資料
BOOSTRY 公表資料(デジタル証券発行基盤に関する説明資料)

