AI税務とデータ主権 ― 納税情報は誰のものか(AI税務時代の新常識 第9回)

効率化
水色 シンプル イラスト ビジネス 解説 はてなブログアイキャッチのコピー - 1

AIが税務業務の中心に入りつつある今、最大の論点の一つが「データ主権」です。
帳簿、領収書、経費データ、電子申告情報――。
これらの膨大な税務データは、誰が所有し、誰が利用を決める権利を持つのか

AIが自動処理を進めるほど、データの収集・分析・再利用の範囲は拡大し、
「便利さ」と引き換えに、情報の主導権が個人や企業の手を離れるリスクが高まります。
本稿では、AI税務におけるデータ主権の位置づけと、
実務で意識すべき法的・倫理的課題を整理します。


1. 「データ主権」とは何か

データ主権とは、
個人または法人が自らのデータの利用・共有・保存について主導的に決定できる権利を意味します。
税務の世界で言い換えれば、
「自分の税務データを、どこまでAIや外部サービスに委ねるかを決める権利」です。

近年、この概念は国際的にも注目を集めています。
EUでは「データガバナンス法(Data Governance Act)」が2023年に施行され、
データの所有・共有・利用のルールを厳格化。
日本でも「マイナポータル」や「電子申告API連携」などで、
納税情報の取り扱いが制度的課題となっています。


2. 税務データの三層構造 ― 誰が“主”かを見極める

AI税務で扱うデータは、性質の異なる3層に分けられます。

主な内容主たる権限者利用上の留意点
① 納税者データ層帳簿、領収書、所得情報、マイナンバー納税者本人(個人・法人)提供範囲・保管期間を明確にする必要
② 事務所データ層税理士が加工・集約した作業データ税理士(ただし守秘義務あり)顧問契約内での利用目的を限定
③ AIシステムデータ層AIが学習・解析したモデルデータベンダー(AI提供者)再利用・転用に関する契約明示が必要

AIが税務データを扱うと、これらの層が重なり、
「誰のデータか」「どこまで利用してよいか」が曖昧になりがちです。
特にクラウド型AIの場合、利用規約に再学習利用条項が含まれていることが多く、
意識せずともデータ主権が移転しているケースもあります。


3. 税務データは「共有」か「所有」か

税務データは、単なる数値情報ではなく法的証拠でもあります。
そのため、「共有」ではなく「所有」の観点から扱うことが基本です。

しかしAI導入によって、税務データは次の3つの変化に直面しています。

  1. AIクラウド化:データが外部サーバーで処理され、物理的所有が不明確に。
  2. AI再学習:他社データと統合学習され、境界が曖昧に。
  3. API連携:複数のプラットフォーム間で自動共有される構造へ。

この結果、「データを誰が保有しているか」よりも、
「データを誰が制御できるか」が実質的主権の焦点となっています。
AI税務では、データの“場所”よりも“意思決定権”を守ることが重要なのです。


4. データ主権を守るための実務的対応

AI税務を運用する際は、次の3つのステップでデータ主権を明確化することが有効です。

(1)契約段階での「データ利用範囲」の明記

AIサービス導入時には、利用規約の中に以下を確認します。

  • データの保存場所(国内/海外サーバー)
  • AIの再学習・モデル更新への利用可否
  • 第三者提供・匿名加工の有無
  • 契約終了後のデータ削除・返還義務

税理士事務所が顧問先データをAIに投入する場合は、
顧問契約書にも「データ利用に関する同意条項」を追加すべきです。

(2)社内・事務所での「データ権限マップ」の作成

誰がどのデータを閲覧・編集できるかを図示し、
アクセス制御と責任分担を明確にします。
特にAIシステムに連携される経理・給与・マイナンバー情報は、
担当者レベルの権限分離が不可欠です。

(3)「削除」「移転」「停止」の実行権を保持

AIサービス終了や乗り換えの際に、
データを完全に削除・ダウンロード・停止できる手続きを確保しておくこと。
これが実質的な“データ主権の防波堤”になります。


5. 国際的に見た「税務データ主権」論の潮流

AI税務におけるデータ主権は、すでに国際的な議論の中心にあります。

地域主な法制度特徴
EUGDPR・データガバナンス法データの持ち主が利用・削除をコントロールできる権利を明文化
米国州単位のプライバシー法(CCPAなど)AI再学習の透明性確保を義務化する動き
日本個人情報保護法・電子帳簿保存法税務データも「個人情報」の一部として管理対象に
OECD“Tax Data Sovereignty Framework”各国の税務当局とAIベンダーの責任境界を整理中

とくにOECDでは、AIによる自動課税・事前照会の普及を踏まえ、
税務データを「主権的情報資源」とみなす方向性を明示しています。
これは、今後のAI税務制度設計にも直接影響を与えるとみられます。


6. 専門職が果たすべき「データの守護者」としての役割

AI時代の税務専門職は、もはや単なる「税務処理の代行者」ではありません。
納税者のデータを安全に預かり、説明できる“守護者”としての役割が期待されます。

  • 顧問先のデータがAIにどう使われているかを説明できる
  • データ削除・移転の手続きを代行できる
  • AIベンダーとの契約条件を精査し、納税者の利益を守る
  • 情報流出時の初動対応フローを整備する

これらを実践することで、専門職はAI税務時代における
「技術と信頼の両立者」として社会的地位を強化できるでしょう。


結論

AI税務の進化は、データの活用によって支えられています。
しかし、データの主導権を誰が持つかを誤ると、
税務そのものがAIベンダー主導の“ブラックボックス”に変わりかねません。

AIの精度よりも重要なのは、
データの出入りを見える形にし、意思決定の主権を守ること。
納税者・専門家・AI提供者の三者が「信頼の輪」でつながることで、
AI税務は初めて公正な制度として機能します。

データを渡すのではなく、データを共に管理する。
これが、AI税務時代の“新しい納税の作法”です。


出典
・EU「Data Governance Act(2023)」
・OECD「Tax Data Sovereignty Framework」
・日本個人情報保護委員会「AIとデータ利活用の指針」
・国税庁「電子帳簿保存法とクラウド税務データ管理」
・日本税理士会連合会「税務データ保護とAI連携に関する見解」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

タイトルとURLをコピーしました