AIが税務判断に関与する場面が増えるほど、
「なぜその結果になったのか」を説明できることが極めて重要になります。
AIが出した仕訳、控除判定、リスクスコア――
それらが正しいとしても、根拠を説明できなければ納税者の信頼は得られません。
本稿では、AIによる税務判断の透明性をどのように確保するか、
ブラックボックス化を防ぐ“説明責任設計”の考え方を解説します。
1. AI税務の透明性問題とは何か
AIは大量のデータを学習して高精度な判断を行いますが、
その過程は必ずしも人間に理解できる形で記録されているわけではありません。
とくに深層学習型AIでは、内部計算の重みや処理経路が複雑すぎて、
「なぜこの答えになったのか」を説明できないことがあります。
税務の世界では、次のような懸念が指摘されています。
- AIが誤った判断をしても、理由を説明できない
 - 同じ条件でも出力が変わる(再現性の欠如)
 - 判断根拠が不明なまま申告書や監査レポートに反映される
 - 納税者・税理士・税務署のいずれも“責任の所在”を特定できない
 
こうした状況が続けば、税務行政の信頼そのものが揺らぐことになりかねません。
2. 説明責任設計(Explainability Design)の基本
AI税務における透明性確保の鍵は、
AIが出した判断の「根拠」「経路」「修正履歴」を可視化することです。
これを体系的に構築するのが、“説明責任設計(Explainability Design)”です。
その基本構成は次のとおりです。
| 要素 | 内容 | 実務上の実装例 | 
|---|---|---|
| 1. 入力の透明性 | AIがどのデータを利用したかを明示 | 会計ソフトの入力履歴・データソース記録 | 
| 2. 処理の可視化 | AIがどのルールやモデルを適用したかを記録 | ログ管理・処理アルゴリズムのメタ情報保存 | 
| 3. 出力の説明性 | AIの判断理由を自然言語で提示 | 「理由文生成」機能・スコア根拠の自動表示 | 
| 4. 修正・再学習履歴 | 人間が補正した場合の履歴を保存 | 監査証跡・更新ログ管理 | 
これにより、AIが「どう考えたか」を再現可能にし、
調査・監査・説明の各場面で根拠を提示できるようになります。
3. 「ブラックボックスAI」が引き起こす3つのリスク
説明責任の欠如は、税務の実務と法的信頼性に直結します。
【リスク①】 申告内容の説明不能
AIが導いた控除判定やリスク評価を、人間が説明できない場合、
税務調査で“自らの判断として説明できない”状態に陥ります。
【リスク②】 異議申立・不服申請の対応困難
AIの判断ロジックが不明確なため、根拠を提示できず、
不服申立手続で反論資料を作成できなくなる。
【リスク③】 法的責任の曖昧化
AIの誤判定で申告誤りが生じた場合、
納税者・税理士・AIベンダーのいずれが責任を負うのかが不明確。
これらは、技術ではなく制度と運用の問題です。
ゆえに、AI導入時には技術検証と同時に「説明可能性設計書」の整備が求められます。
4. 実務で求められる透明性対応のポイント
AI税務を導入・運用するうえで、次の4つのステップを実践することが重要です。
(1)AIモデルの出典・訓練データを明示
AIがどの法令データや通達情報をもとに学習しているか、
提供ベンダーに必ず確認し、契約書にも記載します。
(2)AI出力の「理由文」を保存
AIの判断結果だけでなく、「なぜその判断に至ったか」を自動保存。
後日、調査対応時に提示できる形に整備します。
(3)人によるレビューの痕跡を残す
AIが出した案を人間が修正・承認した履歴を記録。
「人間が最終判断した」という証拠を残すことで責任を明確化。
(4)監査ログと説明レポートの統合管理
AI出力・修正・承認・再学習の各プロセスを一元管理。
内部監査・外部調査に備えた説明資料を自動生成できる体制を構築します。
5. 法制度と国際的ガイドラインの動向
AI税務の説明責任は、すでに国際的に制度化が進んでいます。
| 国・機関 | 主な規定・指針 | 税務への影響 | 
|---|---|---|
| EU(AI法:AI Act) | 高リスクAI(税務含む)に説明義務・ログ保存を義務化 | AI提供者に法的責任を付与 | 
| OECD | “Trustworthy AI Principles” | 公平性・透明性・アカウンタビリティの遵守を要請 | 
| 日本(デジタル庁・国税庁) | 「AI活用ガイドライン2025」策定中 | 説明責任の明文化を検討中 | 
今後、日本でも税務分野のAIには「説明義務」が法的に課される見通しです。
この流れに対応するには、早期に社内の「AI説明責任マニュアル」を整備しておくことが賢明です。
6. 専門職に求められる“通訳者”としての役割
AI時代の税務では、専門職(税理士・会計士・FP)は、
AIと法の間を翻訳する“通訳者”の役割を担います。
- AIの出した判断の意味を法令と照らして説明する
 - AIの限界(推論・バイアス)を顧問先に伝える
 - ベンダーと契約時に責任範囲を設計する
 - 税務調査時にAIの判断根拠をわかりやすく提示する
 
AIの出力を「理解できる形」に翻訳し、
納税者・行政・社会の信頼をつなぐことこそ、
専門職が果たすべき新しい倫理的責任です。
結論
AIがどれほど正確になっても、「なぜそうなったか」を説明できなければ、
税務は信頼を失います。
AIの透明性は、技術の問題ではなく制度設計と人間の責任の問題です。
AIに任せるのではなく、AIとともに説明する。
この意識が、AI税務時代の最も重要な原則です。
AIを信頼できる存在にするのは、技術ではなく、
それを説明し、理解させる人間の努力なのです。
出典
・OECD「Trustworthy AI for Tax Administration」
・EU「Artificial Intelligence Act(2024)」
・デジタル庁「AI活用ガイドライン(案)」
・国税庁「AIを活用した税務行政の透明性確保方針」
・日本税理士会連合会「AI倫理と説明責任に関する提言」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
  
  
  
  