税務調査の現場でも、AIが静かに革命を起こしています。
国税当局はすでに、膨大な申告データ・口座情報・電子帳簿を解析し、
「調査すべき企業」をAIが自動選定する仕組みを導入しています。
いわば、“AIが調査官の目”を担う時代。
その変化は、納税者の対応スタイルにも大きな影響を与えています。
本稿では、AIによる税務調査の最新動向と、
企業・専門職が取るべき実務対応を解説します。
1. 税務調査におけるAIの導入経緯
国税庁は2018年度以降、AIやビッグデータを活用した「データセレクト調査」を強化しています。
これは、過去の申告データ・業種別指標・経済統計を学習したAIが、
異常値を検知して“調査対象候補”を自動抽出する仕組みです。
【AI調査選定の仕組み(概略)】
- 全国の法人申告書・勘定科目内訳書・財務データを収集
- 業種・規模別に「標準利益率」「経費構成比」などを算出
- 異常値や急変を検知 → 調査候補として抽出
- 人間の調査官がAI提案を最終確認
このプロセスにより、調査選定の精度と公平性が飛躍的に高まりました。
かつての「経験・勘による調査選定」から、
「データ根拠に基づくAI選定」へと変化したのです。
2. 「データセレクト調査」がもたらす影響
AI導入により、調査の重点と方法も大きく変わりました。
| 従来型調査 | AI活用調査 |
|---|---|
| 選定は担当官の経験に依存 | AIが統計的異常を自動抽出 |
| 調査対象は一部企業 | データ上すべての企業が対象(全数監視) |
| 過去の実績を重視 | 直近のデータ傾向を分析 |
| 現場調査中心 | 電子的データ監査が主流 |
つまり、「調査対象に選ばれなければ安心」という時代は終わりました。
今やAIは、全申告データを常時モニタリングし、
“異常な数値変化”を自動的に検出する仕組みになっているのです。
3. 電子帳簿保存法とAI監査の融合
2024年度以降、電子帳簿保存法の完全施行により、
すべての帳簿データが「電子的証拠」としてAIの分析対象になりました。
AI監査ツールは、これらの電子データを自動解析し、次のようなリスクを洗い出します。
- 不自然な売上・仕入の月次変動
- 領収書OCRの誤読や二重計上
- 関連会社間での相殺取引の不整合
- 領収書・請求書データの欠損・日付不一致
国税庁のAIは、これらの異常パターンを「調査リスクスコア」として評価します。
企業がAIツールを活用して事前に同様のスクリーニングを行うことは、
“AI対AI”の時代の自衛策ともいえるでしょう。
4. AI税務調査で変わる納税者対応
AIが分析した結果を前提に調査が行われるため、
納税者や専門家は従来とは異なる準備が求められます。
【AI時代の税務調査対応ポイント】
- 数値の一貫性:帳簿・内訳書・電子データ間の整合性を常に維持。
- 電子証跡の即応性:提出を求められた際に即時提示できるよう整理。
- AIの誤検知対応:AIが異常と判断した箇所の正当性を説明できる資料を準備。
- 説明責任の明確化:AI会計システムの処理ロジックを説明できるよう文書化。
とくに、クラウド型会計ソフトや自動仕訳ツールを利用している場合、
AIの判断に対して人間がどのように関与したかを明示することが重要です。
5. 専門職の新しい役割 ― 「AI対応型税務代理人」
税務調査にAIが関与する時代、
税理士や会計専門家の役割も大きく変化します。
| 従来の役割 | AI時代の役割 |
|---|---|
| 事後的な調査対応 | 事前的なデータ整合・AIレビュー |
| 書面添付・意見提出 | AIリスク評価レポートの作成 |
| 人による判断助言 | AI判断の妥当性監査・補正提案 |
専門職は、AIを理解しAIを説明できる人材としての立場を求められます。
「AIがそう言ったから」ではなく、
「AIの根拠はこうであり、税法上はこう解釈できる」と説明する力が不可欠です。
それが今後の“AI対応型税務代理人”の条件といえるでしょう。
6. 企業防衛の最前線 ― 「デジタル自衛力」を高める
AI時代の税務調査では、もはや「運」ではなく「準備」がすべてです。
次の3つの備えが、企業の“デジタル自衛力”を高めます。
- AI事前監査の実施
社内の会計・経費データをAIで自動検証し、異常を自ら検出する。 - 電子帳簿・証憑の統合管理
電子取引・領収書・契約書などをクラウド上で体系的に保存。 - AI説明資料の整備
AI会計処理や自動仕訳のルールを文書化し、調査時に説明可能とする。
この3点を継続すれば、AI調査に備えるだけでなく、
企業内部の税務リスクも大幅に減少させることができます。
結論
AI税務調査の本質は、「監視の強化」ではなく「透明性の進化」です。
AIがすべてを記録し、比較し、分析する時代に、
納税者が問われるのは「どれだけ誠実に説明できるか」。
AIの分析に耐えうる会計・税務の仕組みを整えることが、
新しい時代の最大の防御になります。
AIに怯える必要はありません。
重要なのは、AIを理解し、正しく向き合う姿勢です。
AIが厳しく見る時代ほど、“正しく整える力”が最大の防衛策になるのです。
出典
・国税庁「AIを活用した調査選定・リスク管理手法の高度化」
・財務省「データセレクト調査の実施状況と課題」(2025年報告)
・日本税理士会連合会「AI時代の税務調査対応マニュアル」
・OECD「Tax Administration 3.0: Data and AI in Compliance」
・デジタル庁「電子帳簿保存とAIガバナンス指針(2024)」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
