2026年度税制改正に向けて、日本税理士会連合会(日税連)が「役員給与の損金算入基準」の見直しを要望しています。とりわけ焦点となっているのは、月給制のように毎月一定額を支払う「定期同額給与」を減額する場合に求められる「経営状況の著しい悪化要件」です。現行制度ではこの要件が極めて厳格であるため、経営環境の変化に柔軟に対応しづらいという課題が浮上しています。
法人税法上、役員給与を損金として認めるには、次の3要件のいずれかを満たす必要があります。
- 定期同額給与(毎月同額を支給)
- 事前確定届出給与(あらかじめ支給時期と金額を届け出る賞与など)
- 利益連動給与(上場企業などに限定される業績連動型)
このうち中小企業で最も一般的なのが「定期同額給与」ですが、期の途中で金額を変更できるのは「期首から3カ月以内」「役職や職務内容の重大な変更」「経営状況の著しい悪化」といった限られたケースに限られます。
問題は、この「著しい悪化」という要件に数値基準がないことです。税務当局は、恣意的な利益調整や“お手盛り”を防ぐ目的で厳格な運用をしており、実際に減額しても損金算入が認められないリスクがあります。
日税連の末吉幹久常務理事は、「『著しい悪化』という表現が事業の継続性に影響するレベルと受け取られ、実務上ハードルが高すぎる」と指摘します。また、「最初に高い給与を設定し、後で減額する“枠取り”への警戒感が強い」との見方を示し、制度本来の趣旨である経営合理化の余地を奪っていると懸念を述べています。
一方で、国税局OBの山本吉伸税理士は、現行制度の趣旨を次のように説明します。「経営状況の悪化を理由にする場合は、売上や経常損益など客観的なデータで説明できることが重要です。数値基準を設ければ判断は容易になりますが、災害や主要取引先の倒産といったケースでは基準が合わないこともある。会社ごとの実情を踏まえた柔軟な運用も必要です」。そのうえで、減額の合理性を第三者が判断できるような資料を残すこと、社内外との丁寧な説明が欠かせないと述べています。
役員給与は本来、法人が収益を得るための費用であり、法人税法上は損金に該当する支出です。2006年度改正以前は「不相当に高額でなければ原則損金算入」とされていましたが、現在は厳しい形式基準が設けられています。早稲田大学の渡辺徹也教授(租税法)は、「法人で損金算入できなければ、役員個人には所得税が課され、結果的に二重課税の問題を生む」と指摘。さらに「申告納税制度の下では、明確なルールで抑止効果を働かせつつ、意図的な所得操作以外は原則損金算入を認めるべきだ」と提言しています。
結論
「著しい悪化要件」をめぐる議論は、経営の実態と税務の形式基準のバランスをどう取るかという根本的な問題を映し出しています。恣意的な利益調整を防ぐという制度趣旨を維持しつつも、経営環境の変化に柔軟に対応できる仕組みへの見直しが求められます。今後の税制改正で、企業の合理的な判断と税務上の公平性をどう両立させるかが問われることになりそうです。
出典
出典:2025年11月3日 日本経済新聞「役員給与、損金の範囲は」
参考:日本税理士会連合会 2026年度税制改正要望(法人課税関係)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
