少子高齢化が進む日本では、労働力不足が深刻な課題となっています。これまで政府は女性、高齢者、外国人の労働参加を促す政策を進めてきました。しかし、その一方で、家庭内の役割分担は高度成長期型のまま大きく変わっていないという指摘があります。
東京大学の瀬地山角教授は、少子化問題の背景には「男性の家事負担の少なさ」があると論じています。これは単なる家庭内の問題ではなく、日本経済や企業経営、社会保障制度にまで関わる構造問題だという視点です。
本記事では、家事・育児と労働力不足の関係、企業社会への影響、そして「男性の家事力」がなぜ経済合理性を持つのかについて整理します。
高度成長期型モデルが残っている日本社会
日本では長らく、「夫が働き、妻が家庭を守る」というモデルが社会の標準とされてきました。
配偶者控除や第3号被保険者制度などは、その時代の制度設計を色濃く残しています。これらは専業主婦世帯を前提とした制度であり、女性が家庭内で無償のケア労働を担うことを前提としていました。
しかし現在、日本の世帯構造は大きく変化しています。
共働き世帯は専業主婦世帯を大きく上回り、女性の就業率も上昇しています。それにもかかわらず、家事・育児負担は依然として女性側に偏っています。
つまり、日本社会は「共働き化」している一方で、家庭内役割だけが昭和型のまま残っているのです。
このねじれが、少子化や労働力不足の背景にあると考えられています。
日本男性の家事時間はなぜ少ないのか
記事では、日本の共働き男性の家事関連時間が1日平均53分、女性は4時間18分と紹介されています。
これは欧米だけでなく、東アジアの中でも突出した偏りです。
特に子育て世帯になると差はさらに広がります。
6歳未満の子どもがいる共働き世帯では、夫の家事関連時間は約2時間弱に対し、妻は6時間半を超えます。
この差は単なる「家庭内の不公平」の問題ではありません。
企業から見れば、女性社員には常に大きな家庭負担が存在するように見えるため、長時間労働や転勤を前提とした配置が難しい存在として認識されやすくなります。
結果として、
- 管理職登用
- 昇進機会
- 採用判断
- 中途採用市場
などに影響が生じます。
つまり、家事育児負担の偏りは、女性個人ではなく、日本全体の人的資本活用を阻害しているとも言えます。
「合理的な企業行動」が少子化を加速させる構造
瀬地山教授は、植林をしない林業者の例を使い、「個々の合理性」が社会全体では不合理を生む構造を説明しています。
企業単位で見れば、
- 残業可能
- 転勤可能
- 家庭制約が少ない
人材を優先的に活用するほうが効率的に見えるかもしれません。
しかし、その結果として、
- 子育て負担が女性へ集中
- 出産後の離職増加
- 少子化進行
- 労働人口減少
という形で、社会全体が疲弊していきます。
短期的な合理性が、長期的には社会の持続可能性を破壊してしまうのです。
これはまさに「外部不経済」の問題です。
企業が育児負担を家庭任せにすればするほど、そのコストは将来の社会全体へ先送りされます。
男性の家事は「世帯投資」でもある
記事の中でも特に印象的なのが、「男性の家事の時給は非常に高い」という指摘です。
例えば、夫が1日3時間家事を担うことで、妻が正社員として働き続けられる場合、世帯全体の生涯収入は大きく変わります。
大都市部では、女性が出産後も正社員として就業継続できれば、生涯で数億円規模の所得差が生じるケースもあります。
つまり、男性の家事は単なる「手伝い」ではなく、世帯全体の人的資本投資でもあるのです。
特に現代は、
- 教育費上昇
- 住宅費上昇
- 社会保険料負担増
- 老後不安
などにより、単一所得モデルのリスクが高まっています。
女性の経済力は、もはや「補助収入」ではなく、世帯の安定そのものになっています。
家事力は「危機管理能力」でもある
記事では、男性の家事力を「避難訓練」と表現しています。
これは非常に示唆的です。
家族の誰かが病気や介護状態になった時、家事能力を持たない家庭は急速に機能不全へ陥ります。
特に高齢化社会では、
- 親の介護
- 配偶者の病気
- 子どものケア
- 老老介護
など、家庭内ケア需要が急増します。
その際、「家事は女性がやるもの」という前提では家庭が維持できません。
家事力とは、生活インフラを維持する能力でもあるのです。
少子高齢社会型への転換は避けられない
高度成長期の日本では、
- 男性長時間労働
- 専業主婦モデル
- 家族内ケア依存
によって社会が成立していました。
しかし現在は、
- 労働人口減少
- 共働き化
- 単身世帯増加
- 介護負担増
- 人手不足
によって、そのモデル自体が維持できなくなっています。
にもかかわらず、企業文化や働き方だけが旧来型のまま残っています。
その矛盾が、
- 少子化
- 女性のキャリア断絶
- 男性の過重労働
- 家庭崩壊リスク
として現れているとも言えます。
今後の日本では、
- 「誰もが時間制約を持つ」
- 「育児や介護は社会全体で支える」
- 「家事力を男女双方の基礎能力とする」
という前提で制度や企業文化を組み替えていく必要があるのでしょう。
結論
少子化問題は、単に出生率だけの問題ではありません。
そこには、
- 労働市場
- 税制
- 社会保障
- 企業文化
- 家庭内役割分担
が複雑に結びついています。
日本では共働き化が進んでも、家事育児の負担構造は十分に変わっていません。
その結果、女性のキャリア形成が阻害され、企業の人的資本活用も歪み、最終的には少子化という形で社会全体へ跳ね返っています。
男性の家事力とは、単なる家庭サービスではなく、
- 世帯の生涯所得を高める力
- 家庭の危機管理能力
- 労働力不足時代の社会インフラ
でもあります。
高度成長期型モデルから少子高齢社会型モデルへの転換は、もはや価値観の問題ではなく、日本社会の持続可能性そのものに関わる課題になっているのです。
参考
・日本経済新聞 2026年5月15日朝刊
「いまジェンダー論を考える(下) 男の家事が世帯を豊かに」瀬地山角・東京大学教授
・総務省「労働力調査」
・総務省「社会生活基本調査」
・厚生労働省「国民生活基礎調査」