退職金は税務上、優遇された取扱いがなされる一方で、その適用要件を満たさない場合には給与所得として否認されるリスクを常に内包しています。
特に近年は、再雇用や役員の関与継続など、雇用形態の多様化に伴い、退職金の「実質」が問われるケースが増えています。
本稿では、判例・裁決の否認事例を横断的に整理し、退職金が否認される典型パターンと実務上の危険領域を明確にします。
退職金否認の基本構造
退職金が否認される場合、主に次の2つの方向で問題となります。
- 退職所得として認められず、給与所得とされる
- 退職金としては認められるが、過大部分が否認される
本稿では主に前者、すなわち「退職所得該当性の否認」に焦点を当てます。
危険領域① 勤務関係が実質的に終了していないケース
最も典型的な否認パターンです。
否認される構造
- 形式上は退職手続を行っている
- しかし、実態としては同一の勤務が継続している
この場合、税務当局は「退職の実体がない」と判断します。
典型例
- 定年退職後、同条件でそのまま勤務継続
- 役職・職務・勤務時間に変更がない
- 指揮命令関係も従前と同一
このような場合、一時金は「退職の対価」ではなく「継続勤務の対価」と評価されやすくなります。
危険領域② 退職と再雇用が形式的に過ぎないケース
近年増加している論点です。
否認される構造
- 退職→再雇用という形式はある
- しかし契約関係の実質が変わっていない
判断されるポイント
- 雇用契約が新規に成立しているか
- 賃金体系に変更があるか
- 勤務条件に実質的差異があるか
形式的な契約書の作成だけでは足りず、「関係の断絶」が認められるかが問われます。
危険領域③ 支給の原因が退職にないケース
一時金の性質そのものが問題となるケースです。
否認される構造
- 名目は退職金
- 実態は在職中の役務対価
典型例
- 業績連動で支給される一時金
- 在職中のインセンティブの後払い
- 将来の勤務継続を前提とした支給
この場合、「退職を契機とした支給」とは認められません。
危険領域④ 制度的裏付けがないケース
個別対応的な支給はリスクが高まります。
否認される構造
- 就業規則や退職金規程が存在しない
- 又は規程と異なる支給が行われている
判断ポイント
- 勤続年数等に基づく合理的算定か
- 社内で一貫した基準があるか
- 特定者への恣意的な支給でないか
制度として説明できない場合、「給与の付け替え」と評価されるリスクがあります。
危険領域⑤ 役員関係における否認リスク
役員退職金は特に厳しくチェックされます。
否認される構造
- 退任後も実質的に経営関与が継続
- 退職の実体が不明確
典型例
- 名目上は退任だが実質は相談役として経営関与
- 支給が退任後の役務提供を前提としている
- 在任中の報酬と区分が曖昧
役員の場合は「地位の変化」と「関与の実態」の両面から評価されます。
否認事例に共通する本質
否認事例を横断すると、共通する本質は明確です。
それは、
「退職という経済的事実が存在しない」
という点に集約されます。
具体的には、
- 勤務関係の断絶がない
- 支給が過去勤務の清算ではない
- 制度として合理性がない
いずれかが欠けると、退職所得としての位置付けは崩れます。
実務対応としてのリスク回避ポイント
否認リスクを回避するためには、以下の対応が重要です。
① 契約関係の明確な区切り
- 退職手続の実施
- 新契約の締結
- 雇用条件の整理
② 制度設計の整備
- 就業規則・退職金規程の整備
- 算定基準の明確化
- 社内一貫性の確保
③ 支給目的の明確化
- 過去勤務の精算であることの説明可能性
- 計算根拠の記録
- 意思決定プロセスの保存
結論
退職金否認リスクは、
- 勤務関係の継続
- 支給原因の曖昧さ
- 制度的裏付けの欠如
といった場面で顕在化します。
重要なのは、形式ではなく実質として
「退職という経済的区切りが存在するか」
「その対価として合理的に説明できるか」
という点です。
退職金は税務上のメリットが大きいからこそ、その適用には厳格な視点が求められます。制度設計の段階から否認リスクを織り込んだ対応が、これからの実務では不可欠といえます。
参考
税のしるべ 2026年4月27日号
公表裁決 就業規則改正に伴う医師への一時金の退職所得該当性に関する裁決
国税不服審判所 公表裁決 退職金・一時金の課税区分に関する事例
最高裁判所判例 退職所得該当性に関する判例(各種)