未上場株を含む投資信託、いわゆるクロスオーバー投信は、日本でも制度整備が進みつつあります。今回のルール緩和は、その普及を後押しする動きといえます。
しかし、制度が整えば自動的に市場が広がるわけではありません。実際には、制度面だけでなく市場構造や投資文化といった複数の壁が存在しています。
本稿では、クロスオーバー投信が日本で定着するための条件と課題を整理します。
クロスオーバー投信の本質的な役割
クロスオーバー投信の特徴は、企業の成長段階をまたいで投資する点にあります。
従来の構造では、
・未上場段階はベンチャーキャピタル
・上場後は一般投資家
と投資主体が分断されていました。
この分断は、企業の成長にとって必ずしも効率的とはいえません。上場を境に株主構成が変わることで、中長期の成長支援が途切れる可能性があるためです。
クロスオーバー投信は、この分断を埋めることで、長期的な資本供給を実現する仕組みです。
制度面の壁――「許容されたが、推進されていない」構造
今回のルール緩和により、未上場株の組み入れは柔軟化されました。
しかし、現状の制度はあくまで
「一定条件下で認める」
というレベルにとどまっています。
具体的には、
・未上場株比率の上限は依然として存在
・超過時には投資制限や開示義務
・リスク管理の責任は運用会社に強く残る
この構造は、運用会社にとって積極的に未上場株へ投資するインセンティブを強くするものではありません。
つまり、日本の制度は
「禁止ではないが、積極推進でもない」
という中間的な位置にあります。
市場構造の壁――スタートアップ供給の不足
クロスオーバー投信が成立するためには、投資対象となる企業の質と量が重要です。
しかし、日本のスタートアップ市場には次のような特徴があります。
・大型の未上場企業が少ない
・資金調達規模が比較的小さい
・早期IPOが一般的
この結果、投資信託が長期で保有するに足る「成長余地の大きい未上場企業」が限られます。
米国では未上場のまま大規模に成長する企業が多く存在しますが、日本ではその層が薄いことが、クロスオーバー投信の普及を難しくしています。
投資文化の壁――「価格が見えない資産」への抵抗
個人投資家の行動も大きな要素です。
未上場株には以下の特徴があります。
・日々の市場価格が存在しない
・評価額の変動が見えにくい
・売却タイミングが限定される
日本の個人投資家は、これまで
・価格の透明性
・流動性
を重視してきました。
そのため、未上場株を含む商品に対しては心理的な抵抗が生じやすいと考えられます。
制度が整っても、投資家の理解と受容が進まなければ、資金は流入しません。
運用実務の壁――評価と説明の難しさ
クロスオーバー投信は、運用会社にとっても難易度の高い商品です。
特に重要なのは、未上場株の評価です。
・客観的な市場価格が存在しない
・企業価値の算定に専門的判断が必要
・評価の妥当性に対する説明責任が重い
さらに、投資家への説明も課題となります。
未上場株の比率が上昇した場合、
・リスクが高まっているのか
・成長投資が進んでいるのか
の判断は容易ではありません。
この「説明の難しさ」は、販売面でのハードルにもなります。
成功の条件――制度ではなく「実績」が鍵になる
クロスオーバー投信が定着するかどうかは、最終的には実績に依存します。
具体的には、
・魅力的なリターンを実現できるか
・長期投資としての合理性を示せるか
・継続的に優良企業へ投資できるか
これらが揃って初めて、個人資金が流入します。
制度は入口を整えるに過ぎません。市場を動かすのは、あくまで運用成果です。
結論
クロスオーバー投信は、日本の資産運用に新たな可能性をもたらす仕組みです。
しかし、その定着には
・制度の柔軟化
・スタートアップ市場の拡大
・投資文化の変化
・運用実務の高度化
といった複数の条件が必要です。
現時点では、制度は整い始めた段階に過ぎません。
今後は、実績を伴う成功事例が生まれるかどうかが、普及の分岐点になると考えられます。
クロスオーバー投信は「制度として可能か」という段階から、「市場として成立するか」という段階へと移行しつつあります。その行方は、日本の資産運用の方向性を占う重要な指標となるでしょう。
参考
日本経済新聞(2026年4月7日 朝刊)
公募投信ルール、未上場株15%の一時超過を容認