高齢期就労を設計する際、会社員としての再雇用だけでなく、「法人を活用する」という選択肢も視野に入ります。特に中小企業のオーナー経営者や、退任後も経営に関与するケースでは、役員報酬の設計が年金・社会保険・税制に大きな影響を与えます。
本稿では、高齢期就労と法人活用の関係を、役員報酬設計という視点から整理します。
1 役員報酬と在職老齢年金
老齢厚生年金を受給しながら法人の役員として報酬を受ける場合、その報酬は在職老齢年金の判定対象となります。
判定基礎となるのは、標準報酬月額と標準賞与額をもとにした総報酬月額相当額です。役員報酬も社会保険の対象である以上、原則としてこの計算に含まれます。
その結果、
・役員報酬を高水準に設定すると、在職老齢年金の支給停止が生じる
・賞与支給も月割換算で影響する
という構造になります。
単純に「法人から報酬を受け取る」だけではなく、年金との組み合わせを前提に設計する必要があります。
2 69歳までと70歳以降の違い
69歳まで役員として厚生年金に加入する場合、保険料負担が発生します。会社と本人が折半する構造です。
70歳以降は厚生年金の被保険者ではなくなるため、保険料負担はなくなります。ただし、在職老齢年金の支給停止判定は継続します。
つまり、
69歳まで
・保険料負担あり
・将来年金の積み増しあり
・支給停止判定あり
70歳以降
・保険料負担なし
・積み増しなし
・支給停止判定あり
この違いを踏まえた報酬設計が必要です。
3 役員報酬の水準設計
役員報酬をどの水準に設定するかは、次の三点を横断的に検討すべき事項です。
第一に、在職老齢年金の基準額。
第二に、社会保険料負担。
第三に、法人税との関係。
例えば、基準額を大きく超える報酬を設定すると、年金は停止し、かつ保険料負担も増えます。一方で、法人側では役員報酬は損金算入されます。
法人の利益水準や内部留保状況を踏まえ、どの程度を個人に移転させるかを決める必要があります。
4 報酬以外の選択肢
役員報酬だけが所得移転手段ではありません。
・配当
・退職金
・家族役員への分散
などの選択肢があります。
配当は在職老齢年金の判定対象にはなりませんが、所得税・住民税の負担構造が異なります。
退職金は一時所得として扱われ、退職所得控除が適用されます。
それぞれの制度効果を踏まえ、単年度の損得ではなく長期的な資金移転設計として検討することが重要です。
5 世帯単位での視点
役員報酬を抑制することで、年金支給停止を回避できる場合があります。しかし、その結果として法人に利益が残る場合、将来の相続や事業承継の問題につながる可能性もあります。
高齢期就労の設計は、
・本人の生活費
・法人の財務健全性
・家族への資金移転
を同時に考える必要があります。
6 設計思考としての法人活用
高齢期就労と法人活用は、単なる節税策ではありません。
・年金制度
・社会保険制度
・税制
・法人財務
を横断し、どこに所得を置くかを決める設計作業です。
制度は複雑ですが、構造を理解すれば選択肢は広がります。
結論
高齢期に法人を活用する場合、役員報酬の設計は年金・社会保険・税制の交差点に位置します。
単年度の損得ではなく、
・どの年齢で
・どの報酬水準で
・どの形で所得を受け取り
・法人と個人のバランスをどう保つか
を総合的に設計することが求められます。
人生後半の働き方は、個人の問題であると同時に、法人経営の一部でもあります。
高齢期就労は「損得」ではなく「設計」の問題であるという視点は、法人活用においても変わりません。
参考
税のしるべ 2026年2月23日
「4月から在職老齢年金制度を見直し、給与のみの場合との控除額の差の問題が顕在化」
厚生労働省 年金制度改正法関連資料
日本年金機構 在職老齢年金制度の概要資料
