遺贈寄付は社会的意義の高い仕組みですが、実務では想定外のトラブルが発生することがあります。
その多くは制度そのものではなく、「税務の理解不足」と「設計のズレ」に起因しています。
特に問題となるのは、相続税ではなく所得税、そして制度間の接続部分です。
寄付の意思はあっても、結果として税負担が生じ、寄付額が減少するケースは少なくありません。
本稿では、実務で最もトラブルになりやすい税務論点を整理します。
最大の論点は「みなし譲渡課税」
遺贈寄付で最も多くのトラブルを生むのが、所得税におけるみなし譲渡課税です。
被相続人が保有していた含み益のある資産を遺贈した場合、その時点で譲渡があったものとみなされます。
つまり、売却していなくても課税が発生します。
対象となる典型的な資産は次の通りです。
・不動産
・上場株式・非上場株式
・投資信託
この課税は被相続人に対して行われるため、最終的には相続財産から納税することになります。
なぜトラブルになるのか
問題の本質は、「寄付したのに税金が発生する」という直感とのズレにあります。
例えば、不動産をそのまま遺贈した場合でも、次のような流れになります。
・含み益に対して所得税が発生
・納税資金は相続財産から支出
・結果として寄付財産が減少
寄付者の意図としては「そのまま渡す」イメージですが、税務上は「一度売却した」と扱われるため、このズレがトラブルの原因となります。
非課税特例の適用漏れ
みなし譲渡課税には、一定の公益法人等への寄付について非課税とする特例があります。
しかし実務では、この特例の適用漏れが頻繁に発生します。
主な原因は次の通りです。
・寄付先が要件を満たしていない
・証明書類の取得が不十分
・遺言の内容が特例適用を前提としていない
特に問題となるのは、「寄付先は良い団体だが税務要件を満たしていない」というケースです。
この場合、寄付の趣旨に反して税負担が生じます。
遺言内容と税務の不整合
遺贈寄付では、遺言の書き方が税務結果を左右します。
例えば、次のような違いは重要です。
・「特定資産をそのまま遺贈する」
・「換価してから金銭で寄付する」
前者はみなし譲渡課税の問題が生じやすく、後者は実務上コントロールしやすい傾向があります。
しかし、遺言作成時に税務まで踏まえて設計されていない場合、想定外の課税が発生します。
ここに、法務と税務の分断という構造的な問題があります。
納税資金不足という実務リスク
みなし譲渡課税が発生した場合、納税資金をどこから確保するかが問題となります。
特に次のようなケースではリスクが顕在化します。
・現金が少なく不動産が中心の資産構成
・寄付割合が高い
・相続人が納税に関与しない
この場合、納税のために資産を売却せざるを得なくなり、寄付の実現自体が揺らぐこともあります。
遺留分との二重リスク
さらに、遺留分との関係も無視できません。
遺贈寄付によって遺留分が侵害された場合、相続人から請求が行われる可能性があります。
その結果、寄付先が返還義務を負うことになります。
ここに税務が絡むと、次のような複雑な問題が発生します。
・すでに納税した所得税の扱い
・返還時の税務処理
・二重課税的な状態
この領域は実務でも整理が難しく、紛争に発展しやすいポイントです。
実務での回避策
これらのトラブルを回避するためには、事前の設計が不可欠です。
重要なポイントは次の通りです。
・寄付先が非課税要件を満たすか確認する
・みなし譲渡課税の影響を試算する
・必要に応じて換価前提の遺言設計とする
・納税資金を確保する仕組みを組み込む
・遺留分を考慮した配分設計を行う
単なる遺言作成ではなく、「税務設計としての遺贈寄付」が求められます。
結論
遺贈寄付における最大の税務リスクは、みなし譲渡課税を中心とした制度間のズレにあります。
相続税だけを見て設計すると、所得税で想定外の負担が発生し、寄付の効果が損なわれます。
また、遺言内容や寄付先の選定によって税務結果が大きく変わる点にも注意が必要です。
遺贈寄付を確実に実現するためには、法務・税務・資金計画を一体として設計する視点が不可欠です。
参考
日本経済新聞 2026年3月26日 朝刊
私見卓見「遺贈寄付、運用の透明性を高めよ」今藤里子
国税庁 相続税法基本通達
国税庁 所得税法関係通達(譲渡所得)