税制改正と「評価」のねじれ――時価とは何かを改めて考える

税理士
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税制改正大綱という言葉を聞くと、多くの人は税率の変更や新たな控除の創設といった「法律の改正」を思い浮かべます。ところが近年、税法そのものの改正ではなく、「評価」の見直しが税制改正大綱に盛り込まれるケースが目立っています。

令和8年度税制改正大綱でも、貸付用不動産の評価の適正化が掲げられました。しかし、財産の評価は本来、法律の条文改正ではなく、法解釈と行政通達の問題であるはずです。

今回は、相続税における「時価」の意味、評価通達の役割、そして税制と評価が交錯することの意味について整理してみます。

1.相続税法における「時価」とは何か

相続税法22条は、相続や贈与により取得した財産の価額は取得時における「時価」によると定めています。

この「時価」について、判例・学説は一貫して、
不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的交換価値
と解しています。

つまり、本来の評価は市場価値に基づくものであり、ここに政治的配慮や政策的誘導が入り込む余地はありません。あくまで法解釈の問題です。


2.評価通達という実務上の仕組み

しかし、相続は通常の取引とは異なり、偶発的に発生します。そして、取引価格が存在しない財産も多数あります。

そのため国税庁は、財産評価基本通達を設け、路線価や倍率方式などを通じて標準的な評価方法を定めています。これは課税実務の統一と迅速化を図るための行政内部の基準です。

たとえば宅地の路線価は、その年の1月1日現在では客観的交換価値を反映していると想定されています。しかし地価が大きく変動すれば、年末時点では実勢価格と乖離する可能性があります。

この「標準化」と「実勢価格」のズレは、制度上避けられない宿命です。


3.評価通達6項と個別補正

評価通達には、形式的な評価額が著しく不適当な場合に修正を認めるいわゆる6項があります。個別事情に応じて時価に近づけるための調整規定です。

今回問題となった貸付用不動産の評価も、理論的には通達改正や個別適用で対応可能な領域です。法律改正を伴うものではありません。

評価通達は行政内部の職務命令であり、法源ではありません。したがって、その改正は本来、国会審議を経るものではないはずです。

それにもかかわらず、評価の見直しが税制改正大綱に盛り込まれるようになってきました。


4.評価と税制が交錯した歴史

この流れは昭和58年度税制改正に関する答申まで遡ることができます。

当時、中小企業の事業承継対策として、取引事例のない株式の評価方法が議論され、小会社にも類似業種比準方式の適用を一部認めるべきとされました。これは法律改正ではなく、評価通達の改正で実現しました。

その後、医療法人の出資持分評価にも類似業種比準方式が適用されるなど、本来の理論趣旨とは異なる拡張が行われました。

ここには、「評価」という法解釈の問題に、政策的配慮が重なっていく過程を見ることができます。

平成以降、この傾向は断続的に繰り返され、令和8年度税制改正大綱もその延長線上にあるといえます。


5.政治的了承と法解釈のバランス

評価通達の変更は、納税者に大きな影響を与えます。事前に政治的な了承を得ておくことには一定の合理性があります。

しかし注意すべきは、
時価とは何か
という根本的な法解釈が後景に退いてしまうことです。

本来、相続税法が求めるのは客観的交換価値です。評価通達はその便宜的手段にすぎません。

政策目的が強く前面に出すぎると、「時価」という概念自体が曖昧化するおそれがあります。評価方法が政策ツール化すると、法的安定性との緊張関係が生じます。


結論

税制改正という言葉の中には、法律改正と通達改正という異なる次元が混在しています。

評価は本来、法解釈の問題です。しかし現実には、政策目的や政治的判断と交錯する場面が増えています。

重要なのは、評価通達の改正であっても、相続税法22条の「時価」という原点を見失わないことです。客観的交換価値という軸を保ちながら、実務上の便宜とどう折り合いをつけるか。そのバランス感覚こそが、これからの税務実務に求められているのではないでしょうか。


参考

・税のしるべ 2026年2月16日号
 連載「続・傍流の正論~税相を斬る」第79回/評価と税制 品川芳宣

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