企業の人材確保を巡る環境が大きく変わっています。
その中で注目されているのが、企業が独自に支出する法定外福利費の増加です。
厚生労働省の調査によれば、2025年の法定外福利費は1社平均で約1741万円となり、前年から4.8%増加しました。しかもこの伸びは3年連続で4%台となっています。
この動きは単なるコスト増ではなく、企業経営の構造変化を映す重要なサインといえます。本稿では、法定外福利費の本質とその背景、さらに税務・経営上の意味について整理します。
法定外福利費とは何か
福利厚生費は大きく「法定福利費」と「法定外福利費」に分かれます。
法定福利費とは、健康保険料や厚生年金保険料など、法律で企業負担が義務付けられている費用です。
これに対して法定外福利費は、企業が任意で支出する福利厚生です。具体的には以下のようなものが該当します。
・社宅制度
・住宅手当
・人間ドックや健康診断の補助
・ベビーシッター費用の補助
・食事補助
・レクリエーション費用
つまり、企業の「裁量」で設計できる部分であり、企業ごとの戦略が最も表れやすい領域です。
なぜ今、法定外福利費が増えているのか
背景にあるのは、明確に「人手不足」です。
単に給与を上げるだけでは人材を確保・定着させることが難しくなっています。そこで企業は、次のような発想にシフトしています。
・給与以外で魅力を高める
・長期的に働き続けてもらう環境を整える
・生活全体を支援することで離職を防ぐ
特に近年は、働き方や価値観の多様化により、福利厚生の内容そのものが採用競争力に直結するようになっています。
言い換えれば、福利厚生は「コスト」ではなく「投資」として位置づけられ始めています。
給与ではなく福利厚生を選ぶ理由
企業が福利厚生を重視する理由は、単なる人材戦略だけではありません。税務上の取扱いも大きく関係しています。
給与として支給すると、従業員には所得税・住民税が課税され、企業側も社会保険料負担が増えます。
一方、福利厚生費として適切に設計された支出は、以下の特徴を持ちます。
・一定の要件を満たせば従業員に課税されない
・企業の損金として処理できる
・社会保険料の対象外となる場合がある
つまり、同じコストでも「手取り効果」が高くなる可能性があります。
この点が、企業にとって福利厚生を拡充する大きなインセンティブとなっています。
ただし注意すべき税務上のポイント
もっとも、福利厚生であれば何でも非課税になるわけではありません。
税務上は以下のような観点が重視されます。
・全従業員を対象としているか
・社会通念上相当な範囲か
・特定の個人への利益供与になっていないか
例えば、役員だけが利用できる制度や、実質的に給与と同じ性質の支給は、給与課税と判断される可能性があります。
したがって、福利厚生制度は「設計」が極めて重要になります。
中小企業にとっての意味
今回の調査は大企業だけでなく中小企業も対象としていますが、この流れはむしろ中小企業にとって重要です。
給与水準で大企業と競争するのが難しい中小企業にとって、福利厚生は差別化の有力な手段になります。
・柔軟な制度設計ができる
・従業員のニーズに合わせやすい
・小規模でも効果が出やすい
一方で、制度設計を誤ると単なるコスト増に終わるリスクもあります。
つまり、福利厚生は「導入すること」ではなく、「どう設計するか」が問われる領域です。
福利厚生は経営戦略そのもの
法定外福利費の増加は、単なるトレンドではありません。
それは企業経営が「賃金中心モデル」から「総合的な就業環境モデル」へと移行していることを示しています。
今後は次のような視点がより重要になります。
・どの層の人材を定着させたいのか
・どのような働き方を前提とするのか
・福利厚生と評価制度をどう連動させるのか
福利厚生は人事制度の一部ではなく、経営戦略の中核へと位置づけが変わりつつあります。
結論
法定外福利費の増加は、人材不足時代における企業の戦略的対応です。
給与だけでは人材は定着しないという現実の中で、企業は福利厚生を通じて「働く環境そのもの」を設計し始めています。
そしてその裏側には、税務・社会保険の仕組みを踏まえた合理的な選択があります。
今後は、単に福利厚生を増やすのではなく、「どのように設計するか」が企業の競争力を左右することになります。
参考
日本経済新聞 2026年3月27日 朝刊
法定外福利費 昨年4.8%増 企業独自の支出分 人材定着へ充実