日本株市場では、AI関連株や半導体株を中心に強気相場が続いています。
特に若い投資家の間では、「株価が下がれば買えばよい」「長期的には結局上がる」という感覚が広がっています。
実際、2010年代以降に投資を始めた世代の多くは、
- アベノミクス相場
- 米国ハイテク株上昇
- コロナ後の金融緩和
- AIブーム
といった「上昇する市場」を主に経験してきました。
そのため、「暴落」というものを実感として知らない投資家も少なくありません。
一方で、ベテラン投資家の中には、「暴落を知らない世代ほど危うい」という見方もあります。
では本当に、「下げ知らず世代」は危険なのでしょうか。
今回は、行動経済学の視点から、相場経験が投資心理に与える影響を考えていきます。
人は「経験したこと」を基準に未来を考える
行動経済学では、人間は客観的な確率よりも、「自分が経験した記憶」に強く影響されることが知られています。
例えば、
- 長く好景気が続くと「景気は良いもの」と感じる
- 災害を経験するとリスク意識が高まる
- 株高が続くと「株は上がるもの」と感じる
という傾向があります。
これは「経験則バイアス」とも呼ばれます。
つまり、人は「世界の平均」ではなく、「自分が見てきた世界」を基準に判断してしまうのです。
現在の若い投資家にとって、投資の世界は、
- NISAがあり
- AI成長があり
- 米国株が強く
- インデックス投資が普及し
- 下落局面では金融緩和が行われる
世界です。
この環境では、「株は長期的に成長する」という感覚が自然に形成されます。
「下がったら買えばいい」はなぜ強くなるのか
現在の市場では、「押し目買い」が半ば常識化しています。
その背景には、過去15年近い成功体験があります。
たとえば、
- コロナショック後の急回復
- 米国IT株の長期上昇
- 半導体株の爆発的上昇
- NISA積立の成功体験
などです。
つまり、「下落時に買った人が勝ってきた」という記憶が市場全体に蓄積されています。
これは非常に強い心理効果を持ちます。
人は成功体験を繰り返すと、
「今回も同じだろう」
と考えやすくなるからです。
これを行動経済学では「代表性ヒューリスティック」と呼びます。
過去のパターンを未来にも当てはめてしまう心理です。
暴落を経験すると何が変わるのか
一方、ベテラン投資家は違います。
彼らは、
- ITバブル崩壊
- リーマン・ショック
- 日本株バブル崩壊
- 欧州債務危機
- 急激な円高
- 信用不安
などを経験しています。
暴落を経験すると、人間のリスク感覚は大きく変わります。
特に変わるのが、
「流動性は突然消える」
という感覚です。
普段は簡単に売買できる株でも、危機時には買い手が消えることがあります。
また、含み益は一瞬で消えることもあります。
暴落経験者は、この「市場の恐怖」を身体感覚として知っています。
だからこそ、高値局面では慎重になりやすいのです。
ただし「慎重すぎる」ことにもリスクはある
しかし興味深いのは、暴落経験者が常に勝つわけではないことです。
実際、2010年代以降の市場では、
- 慎重すぎて買えなかった
- 現金比率を高めすぎた
- AI相場に乗れなかった
ベテラン投資家も少なくありません。
これは「損失回避バイアス」の影響です。
人は利益を得る喜びよりも、損失の痛みを強く感じます。
暴落経験者ほど、「また危機が来るかもしれない」という恐怖が強くなります。
その結果、
- チャンスを逃す
- リスクを取りきれない
- 上昇相場で取り残される
ことも起きます。
つまり、
- 楽観にも罠があり
- 悲観にも罠がある
のです。
NISA時代は「長期強気バイアス」を生むのか
新NISAによって、日本では「積立投資」が急速に普及しました。
これは非常に大きな社会変化です。
これまでの日本では、
- 預金中心
- 株は危険
- 投資はギャンブル
という感覚が強くありました。
しかし現在は、
- 毎月積み立てる
- 暴落でも売らない
- 長期保有する
という考え方が一般化し始めています。
これは資本市場にとっては大きな追い風です。
一方で、「長期投資なら必ず勝てる」という単純化が進みすぎると危うさも生まれます。
長期投資は本来、
- 分散
- 継続
- 資産配分
- リスク許容度
を前提に成立するものだからです。
単に「下がっても持っていれば戻る」という理解だけでは、本当の暴落時に耐えられない可能性があります。
本当に危険なのは「経験不足」ではなく「過信」
では、「暴落を知らない世代」は危険なのでしょうか。
実は、本当に危険なのは「若いこと」ではありません。
危険なのは、
- 自分は間違えない
- 今回は特別だ
- AI時代だから永遠に成長する
- 下落しても必ず戻る
といった「過信」です。
市場では、楽観も悲観も行き過ぎます。
重要なのは、
- 上昇相場でも冷静でいられるか
- 下落時にも感情で動かないか
- リスクを理解したうえで投資しているか
です。
これは年齢とは必ずしも関係ありません。
若手でも冷静な投資家はいますし、ベテランでも熱狂に巻き込まれる人はいます。
結論
現在の日本株市場では、「下げ知らず世代」の強気姿勢が相場を支えています。
AI革命やNISA拡大によって、「株式投資は長期的に成長するもの」という感覚は今後さらに広がっていく可能性があります。
しかし、市場の歴史を振り返れば、どの時代にも熱狂と調整は繰り返されてきました。
重要なのは、
- 暴落を恐れすぎないこと
- 逆に、暴落を軽視しすぎないこと
です。
投資に必要なのは、「未来を完全に当てる力」ではありません。
むしろ、
- 自分の心理を理解すること
- 過信を避けること
- 想定外に備えること
なのかもしれません。
AI時代の相場では、情報よりも「感情管理」の重要性がさらに高まっていくのではないでしょうか。
参考
日本経済新聞 2026年5月12日朝刊
「スクランブル〉『下げ知らず』が呼ぶ株高 若手投資家、高値でも買い」
ダニエル・カーネマン
『ファスト&スロー』
リチャード・セイラー
『行動経済学の逆襲』
ロバート・シラー
『根拠なき熱狂』