年収の壁引き上げでも「働き控え」はなぜ続くのか――103万円から160万円へ引き上げ後も残る“130万円の壁”の現実――

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2025年分から所得税がかかり始める「103万円の壁」が160万円へ引き上げられました。政府は人手不足への対応や就業促進を目的に制度改正を進めていますが、実際には「働き控え」がなお続いています。

日本経済新聞の記事によれば、2025年度の1人当たり総実労働時間は月平均135.0時間となり、前年度比1%減少しました。背景には、短時間勤務のパート労働者の増加があります。

税制改正によって所得税の壁は引き上げられたにもかかわらず、なぜ労働時間は減少しているのでしょうか。そこには、税制だけでは解決できない「社会保険の壁」の存在があります。


「103万円の壁」は変わったが「130万円の壁」は残った

今回の改正で大きく変わったのは所得税の課税ラインです。

従来は年収103万円を超えると所得税負担が発生していましたが、2025年分以後は160万円へ引き上げられました。これだけを見ると、「もっと働きやすくなった」と感じるかもしれません。

しかし、実際に就業調整の大きな要因となっているのは「130万円の壁」です。

これは、配偶者の扶養から外れて自ら社会保険に加入する基準であり、超えた瞬間に健康保険料や厚生年金保険料の負担が発生します。

結果として、

  • 「少し年収が増えても手取りが減る」
  • 「扶養を外れると負担感が急増する」
  • 「勤務時間を増やすメリットが薄い」

という状況が生じます。

そのため、所得税の壁が160万円へ上がっても、多くのパート労働者は依然として130万円を意識して働き方を調整しています。


実際には「月80時間前後」に集中している

記事では、女性パート労働者899万人のうち、月1~80時間勤務が約400万人とされています。

最低賃金が全国平均1121円となった現在、月80時間程度働くと年収は100万円前後になります。

つまり、多くの人が「130万円を超えない範囲」で労働時間を調整している構図が見えてきます。

これは単なる偶然ではありません。

実際には、

  • シフト希望を自ら抑える
  • 繁忙期でも勤務日数を増やさない
  • 年末に勤務調整する
  • 配偶者控除や扶養判定を強く意識する

といった行動が日常的に行われています。

制度が人の行動を変えている典型例といえるでしょう。


「税の壁」より重い「社会保険料の壁」

所得税は超過累進課税です。

つまり、103万円を1円超えた瞬間に大きな負担が生じるわけではありません。

一方で社会保険は違います。

扶養から外れると、

  • 健康保険料
  • 厚生年金保険料

の負担が急増します。

しかも、社会保険料は所得税より負担額が大きくなりやすく、「手取り減少感」が強く出ます。

その結果、「少し働く時間を増やすくらいなら、扶養内に抑えた方が得」という判断が合理的行動になってしまいます。

ここに現在の制度設計の難しさがあります。


政府は「壁対策助成金」を拡大

政府もこの問題を放置しているわけではありません。

厚生労働省は、パート労働者の労働時間を延ばし、社会保険加入につなげた企業に対して、1人あたり最大75万円を助成する制度を進めています。

さらに2026年度からは130万円判定の一部緩和も実施されます。

残業代について、

  • 従来:判定対象
  • 改正後:給与以外の収入がなければ対象外

とされました。

これは「繁忙期に少し残業しただけで扶養を外れる」という事態を避ける狙いがあります。

ただし、これは根本解決ではありません。

本質的には、

  • 扶養制度
  • 社会保険制度
  • 税制
  • 配偶者控除制度

が相互に複雑に絡み合っているためです。


「働き方改革」が労働時間を減らした面もある

今回の労働時間減少には、働き方改革関連法の影響もあります。

残業上限規制により、

  • 月45時間
  • 年360時間

の原則上限が導入されました。

さらに2024年度からは、

  • 建設業
  • 運輸業

にも規制が適用されています。

これは長時間労働是正という面では大きな意味があります。

一方で、日本全体の総労働時間を押し下げる要因にもなっています。

つまり現在の日本では、

  • 人手不足
  • 労働時間規制
  • 扶養調整
  • 高齢化
  • パート比率上昇

が同時進行しているのです。


DX化は「人手不足対策」として加速する

記事では、企業がDX化によって労働環境改善を進めていることも紹介されています。

実際、今後はさらに、

  • 勤怠管理自動化
  • シフト最適化
  • AI事務処理
  • 電子申請
  • 無人化
  • セルフレジ化

などが加速すると考えられます。

なぜなら、「人が足りない」のに「労働時間を増やせない」からです。

つまり日本企業は、

「人を増やす」ではなく、
「少ない労働力で回す」

方向へ進み始めています。

これは単なる省力化ではなく、日本社会全体の構造変化ともいえます。


「年収の壁問題」は税制だけでは解決しない

今回の制度改正は一定の前進ではあります。

しかし、現実には多くの人がなお「130万円の壁」を意識し続けています。

つまり現在の問題は、単なる所得税の話ではありません。

本質的には、

  • 税制
  • 社会保険
  • 扶養制度
  • 労働市場
  • 最低賃金
  • 家計防衛意識

が一体化した「制度構造問題」なのです。

そのため、一部だけを改正しても行動は大きく変わりません。

今後は、

  • 社会保険制度の設計
  • 扶養概念の見直し
  • 働き方の多様化
  • 短時間正社員制度
  • AI・DXによる生産性向上

まで含めた議論が必要になるでしょう。


結論

「103万円の壁」から「160万円の壁」への引き上げは、税制上は大きな変更です。

しかし、現実の働き方を左右しているのは依然として「130万円の壁」です。

その結果、

  • 労働時間は減少
  • パート比率は上昇
  • 働き控えは継続

という現象が続いています。

今後の日本では、単なる減税論ではなく、

「働けば働くほど手取りが増える制度設計」

をどこまで実現できるかが重要になります。

そして、その議論は税制だけではなく、社会保険・労働政策・DX化・人口構造問題まで含めた国家レベルの課題になっていくでしょう。


参考

・日本経済新聞 2026年5月23日朝刊
「年収の壁上げ、なお働き控え」

・厚生労働省「毎月勤労統計調査」

・総務省「労働力調査」

・厚生労働省「年収の壁・支援強化パッケージ」

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