副業時代に社会保険は追いつけるのか 厚生年金適用拡大の新たな課題

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近年、副業や複業という働き方が広がっています。本業だけでなく、複数の会社で働くことが珍しくない時代になりました。一方で、社会保険制度は依然として「一つの会社で働くこと」を前提に設計されている部分が残っています。

2025年の年金制度改革では、パートタイマーなどに対する厚生年金・健康保険の適用拡大が決まりました。しかし、その先には新たな課題があります。それが、副業者の労働時間をどのように扱うかという問題です。

働き方の多様化が進む中で、社会保険制度はどこまで対応できるのでしょうか。

厚生年金の適用拡大が進む背景

日本の公的年金制度は、現役世代の保険料によって高齢者の年金を支える仕組みです。

少子高齢化が進む中で制度を維持するためには、できるだけ多くの人に厚生年金へ加入してもらう必要があります。

そのため政府は段階的に加入対象を拡大してきました。

企業規模要件は、

・2022年10月 501人超から101人超へ拡大
・2024年10月 101人超から51人超へ拡大

されました。

さらに2025年の年金制度改革では、

・企業規模要件の撤廃
・106万円の賃金要件の廃止

が決定しています。

将来的には「週20時間以上働くかどうか」が主要な判定基準となる方向です。

副業者はなぜ加入できないのか

現在の制度では、厚生年金や健康保険への加入要件は事業所ごとに判定されます。

例えば、

・A社で週19時間勤務
・B社で週19時間勤務

というケースを考えてみます。

合計すると週38時間働いていますが、それぞれの会社では20時間未満であるため、厚生年金や健康保険に加入できません。

一方で、

・A社で週21時間勤務
・B社で週21時間勤務

であれば、両方の会社で加入対象になります。

同じ38時間働いていても、働き方によって制度の扱いが大きく異なるのです。

労働基準法とのズレ

この問題が注目される背景には、労働基準法との関係があります。

労働基準法では、複数の事業所で働いている場合でも労働時間を通算して管理する考え方があります。

つまり労働時間管理の観点では、

「複数の職場で働いていても合計時間で考える」

という発想が採用されています。

ところが社会保険では、

「事業所ごとに判定する」

という仕組みが維持されています。

同じ労働時間でも制度によって考え方が異なるため、制度間の整合性が課題となっています。

もし労働時間の通算が始まったら

仮に副業先を含めた労働時間の通算が認められると、多くの人が新たに厚生年金や健康保険へ加入することになります。

働く人にとっては、

・将来受け取る厚生年金が増える
・障害厚生年金の対象になる
・遺族厚生年金の対象になる
・健康保険の保障が充実する

などのメリットがあります。

一方で、

・保険料負担が増える
・手取り収入が減る

という側面もあります。

短期的には負担増、長期的には保障拡大という構図になります。

事業主側の負担という壁

最大の課題は企業側の負担です。

厚生年金や健康保険の保険料は、会社と従業員が折半します。

これまで加入対象外だった従業員が加入対象になると、企業には新たな保険料負担が発生します。

特に、

・パートタイマーが多い企業
・小売業
・飲食業
・介護業
・サービス業

などでは影響が大きくなる可能性があります。

企業によっては人件費の増加を懸念し、労働時間の調整を進める動きが出る可能性もあります。

雇用保険ではすでに先行事例がある

実は、勤務時間の通算制度はすでに存在しています。

2022年に導入された「マルチジョブホルダー制度」です。

これは65歳以上の人が複数の事業所で働く場合、勤務時間を合算して雇用保険に加入できる制度です。

制度利用のためには本人が申請手続きを行います。

まだ対象者は限定されていますが、副業時代の社会保障制度を考える上で重要な先行モデルといえるでしょう。

第3号被保険者制度の見直し議論

厚生年金適用拡大を議論すると、必ず出てくるのが第3号被保険者制度です。

第3号被保険者とは、会社員や公務員に扶養されている配偶者で、本人が保険料を負担しなくても国民年金に加入できる制度です。

制度創設当時は専業主婦世帯が一般的でした。

しかし現在は共働き世帯が多数派となっています。

社会保険の適用拡大が進むほど、

「働いて保険料を負担する人」
「保険料を負担しない人」

との公平性をどう考えるかが大きな論点になります。

将来的には第3号被保険者制度そのものの見直し議論がさらに活発になる可能性があります。

働き方と社会保障の再設計

これまでの社会保険制度は、

・終身雇用
・専業主婦世帯
・一人一社勤務

を前提として設計されてきました。

しかし現在は、

・副業
・複業
・フリーランス
・短時間労働

など働き方が多様化しています。

社会保障制度も、こうした現実に合わせて見直しが求められる段階に入っています。

厚生年金の適用拡大は、その第一歩に過ぎません。

今後は労働時間の通算、副業者への対応、第3号被保険者制度の見直しなど、より本質的な改革が議論されることになるでしょう。

結論

厚生年金・健康保険の適用拡大は、老後の所得保障を強化し、公的年金制度を安定させるための重要な改革です。

しかし、副業や複業が広がる現代では、「どこで働くか」ではなく「どれだけ働くか」を基準に制度を設計すべきではないかという議論が強まっています。

労働時間を通算する仕組みが導入されれば、社会保障の支え手は増える一方で、企業負担や制度運営の複雑化という課題も生じます。

今後の社会保障改革は、単なる適用拡大ではなく、多様な働き方に対応した制度への再設計という段階へ進んでいくことになりそうです。

参考

日本経済新聞 2026年6月2日朝刊
「厚生年金・健保の拡大に壁 副業、本業と合算できず 働き方変化、制度に遅れ」

厚生労働省「年金制度改正法関係資料」

財政制度等審議会 財政制度分科会資料(2026年4月)

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