物価上昇が長期化するなかで、企業の賃上げをどのように持続させるかが重要な政策課題となっています。その中で注目されているのが、国や自治体による公共調達のあり方です。政府は公共調達においてコスト上昇を適切に価格へ反映する仕組みを強化し、賃上げの土台を整える方針を示しました。本稿では、その制度の内容と課題を整理します。
公共調達と価格転嫁の関係
公共調達とは、国や自治体が民間企業から物品やサービスを購入する取引を指します。建設工事や委託業務など幅広い分野に及び、地域経済に与える影響も大きいものです。
特に中小企業にとっては重要な受注機会であり、その価格決定のあり方は収益や賃金水準に直結します。しかし現実には、物価が上昇しても契約価格に十分反映されないケースが多く、結果として企業の利益を圧迫してきました。
調査によれば、公共調達における価格転嫁率は約5割程度にとどまっており、コスト上昇の半分しか反映されていない状況です。この構造が、賃上げの原資を削る要因となっています。
スライド条項と再協議の制度化
今回の政策の柱となるのが、契約価格を見直す仕組みの強化です。
代表的なものがスライド条項です。これは資材価格や人件費の変動に応じて契約金額を調整する仕組みであり、本来は物価変動リスクを吸収する役割を持ちます。
さらに、価格見直しの協議を可能とする再協議条項の導入も求められています。これにより、契約締結後であってもコスト上昇を理由に価格改定の交渉ができる環境が整備されます。
これらの仕組みは既に一部で導入されていますが、運用にはばらつきがあり、実効性に課題がありました。政府はこれを全契約に広げることで、制度の実効性を高めようとしています。
ダンピング受注の排除と入札制度の見直し
価格転嫁が進まない背景には、過度な価格競争もあります。特に公共調達では、低価格での受注を優先する入札制度が影響し、企業が無理な価格で契約を受けるケースが少なくありません。
この問題に対応するため、低入札価格の調査制度の活用が徹底されます。極端に低い価格での入札に対しては、その妥当性を確認し、不適切な場合には排除する仕組みです。
これにより、単純な価格競争から、適正なコストを前提とした受注へと転換を促す狙いがあります。
制度の限界と現場の実態
もっとも、制度を整備するだけで価格転嫁が進むとは限りません。
最大の課題は、発注者側である自治体の財政制約です。予算が固定されている中で契約価格を引き上げることには慎重にならざるを得ず、結果として価格交渉に応じないケースも生じています。
また、現行制度の多くは努力義務にとどまっており、実際の運用は各自治体の判断に委ねられています。このため、地域ごとに対応の差が生じやすく、制度の統一性にも課題があります。
さらに、企業側も継続的な受注を重視するあまり、価格交渉に踏み込めない場合があります。このような取引慣行も、価格転嫁を阻む要因となっています。
賃上げ政策としての公共調達の役割
公共調達は単なる契約行為ではなく、経済政策の一部として位置づけることができます。
地域経済において官公需は大きな割合を占めており、その価格決定が民間取引にも波及します。公共調達で適正な価格が確保されれば、民間市場における価格形成にも影響を与える可能性があります。
政府が賃上げを促進するうえで、企業に努力を求めるだけでは限界があります。価格転嫁が可能な環境を整えることこそが、持続的な賃上げの前提となります。
その意味で、公共調達の見直しは単なる制度改正ではなく、経済構造の調整を伴う重要な政策といえます。
結論
公共調達における価格転嫁の促進は、賃上げ政策の実効性を高めるための重要な取り組みです。スライド条項や再協議条項の導入、低価格受注の是正といった制度整備は一定の前進といえます。
しかし、財政制約や運用のばらつき、取引慣行といった課題は依然として残っています。制度を形だけ整えるのではなく、実際に価格転嫁が機能する環境をどこまで作れるかが今後の焦点となります。
公共調達は市場の一部であると同時に、政策の手段でもあります。その役割をどう設計するかによって、賃上げの持続性は大きく左右されることになります。
参考
日本経済新聞 朝刊 2026年4月4日
公共調達 コスト高反映 政府、賃上げ促進へ環境整備