日本政府は近年、「スタートアップ育成5か年計画」を掲げ、起業を促進する政策を進めています。しかし足元では、創業間もないスタートアップへの資金流入が急速に細っています。
2025年の創業期スタートアップへの資金調達額は前年比42%減となり、過去10年で最低水準となりました。かつては「起業ブーム」とも呼ばれた状況から一転し、投資家の目は厳しさを増しています。
一方で、この現象を単純に「悪いこと」と捉えるべきなのでしょうか。
今回は、創業期スタートアップへの投資が減少している背景と、それが日本経済に与える影響について考えてみたいと思います。
スタートアップとは何か
スタートアップとは、革新的な技術やサービスによって急成長を目指す企業を指します。
一般的な中小企業との違いは、最初から大きな市場を狙い、高い成長率を前提としている点にあります。
例えば、
・AI関連企業
・バイオテクノロジー企業
・フィンテック企業
・宇宙開発企業
などが代表例です。
創業当初は売上も利益もほとんどありません。そのため銀行融資だけでは十分な資金を確保できず、ベンチャーキャピタル(VC)からの出資に依存するケースが多くなります。
なぜ創業期への投資が減っているのか
最大の理由は、出口戦略であるIPO市場の変化です。
これまでVCは、創業初期の企業に投資し、企業が成長して上場した際に株式を売却して利益を得ていました。
しかし現在は状況が変わっています。
東証グロース市場では上場維持基準の厳格化が進み、将来的には時価総額100億円以上が求められる方向です。
従来のような小規模上場が難しくなり、IPOの件数も減少しています。
投資家から見ると、
「投資しても上場できるか分からない」
という状況になったのです。
結果として、創業初期の企業への投資を控える動きが広がっています。
金利上昇も逆風になっている
もう一つの大きな要因が金利上昇です。
スタートアップの価値は将来の利益に期待して評価されます。
例えば10年後に大きな利益を生み出すと期待される企業は、その将来利益を現在価値に換算して評価されます。
ところが金利が上昇すると、将来利益の現在価値は低下します。
その結果、
・企業価値が下がる
・資金調達額が減る
・投資家が慎重になる
という流れが生まれます。
これは日本だけでなく、世界中のスタートアップ市場で起きている現象です。
投資家の選別が始まった
現在の市場で特徴的なのは、「スタートアップ全体への逆風」ではなく、「選別の強化」です。
実際、成長期企業への投資割合は高まっています。
つまり、
有望企業には資金が集まり、
将来性が不透明な企業には資金が集まらない
という構図です。
かつての超低金利時代には、多くの投資家が積極的にリスクを取っていました。
しかし現在は、
「本当に成長できるのか」
という視点で厳しく評価される時代になっています。
資本市場が成熟する過程では自然な流れともいえます。
スタートアップ冬の時代は悪いことなのか
ここで考えたいのは、この状況が本当に悪いことなのかという点です。
確かに短期的には創業件数の減少につながる可能性があります。
しかし別の見方をすれば、質の向上につながる可能性もあります。
過去には、
・赤字が続いている
・事業モデルが不明確
・収益化の見通しが弱い
にもかかわらず上場した企業も少なくありませんでした。
現在は投資家が厳しく審査するため、本当に競争力のある企業だけが資金を集められるようになっています。
市場原理という観点では健全化とも考えられます。
日本経済にとっての課題
ただし問題もあります。
創業期は将来の巨大企業の卵が生まれる時期だからです。
現在の世界を代表する企業である
Apple、
Microsoft、
Amazon
も、かつては資金不足に悩む小さなスタートアップでした。
創業期への投資が極端に減れば、将来の成長企業そのものが生まれなくなる可能性があります。
日本が人口減少社会に入る中で、生産性向上や新産業の創出は不可欠です。
その意味で、創業期投資の縮小は日本経済の将来にとって見過ごせない課題といえます。
人生100年時代とスタートアップ
人生100年時代において、スタートアップは若者だけのものではありません。
定年後に起業する人も増えています。
長年の経験や専門知識を活かし、
・コンサルティング事業
・教育事業
・地域課題解決事業
・ITサービス事業
などを始めるケースも珍しくありません。
むしろ高齢化社会では、シニア世代の知識や経験を活かした起業が重要になる可能性があります。
資金調達環境が厳しくなったからこそ、「小さく始めて確実に成長する」という発想がより重要になるのかもしれません。
結論
創業期スタートアップへの投資が減少している背景には、IPO市場の変化、金利上昇、投資家の選別強化があります。
短期的には起業環境が厳しくなっているように見えますが、一方で市場の健全化という側面もあります。
重要なのは、単に投資額を増やすことではありません。
将来の成長企業を生み出す仕組みを維持しながら、本当に価値を生み出す企業へ資金が流れる環境を整えることです。
人口減少社会の日本にとって、新しい産業を生み出すスタートアップは今後ますます重要になります。
創業期への投資が細る現在は、日本の起業環境が次の段階へ移行する転換点にあるのかもしれません。
参考
日本経済新聞 2026年6月5日朝刊
「新興の『創業期』 細る投資マネー」
日本経済新聞 2026年6月5日朝刊
「新規上場社数の減少でVCの選別強まる」
産業革新投資機構(JIC)公表資料 ベンチャーキャピタル市場動向