のれん償却は本当にM&Aを妨げているのか

会計
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近年、日本企業のM&Aを巡る議論のなかで頻繁に取り上げられるテーマの一つが「のれん償却」です。日本の会計基準では、企業買収で生じたのれんを一定期間で償却する必要がありますが、この仕組みが企業のM&Aを妨げているのではないかという指摘があります。

一方で、のれん償却がM&Aの障害であるという見方には慎重な意見も少なくありません。実際のM&A判断は、会計処理だけでなく、企業戦略や資本市場の評価など多くの要因に左右されるためです。

本稿では、のれん償却がM&Aを妨げているとされる理由と、それに対する反論を整理し、この問題の本質を考えます。


日本ののれん償却制度

日本基準では、企業買収で生じたのれんは「20年以内の合理的な期間」で償却することとされています。

たとえば、企業買収により1000億円ののれんが生じた場合、10年で償却すれば毎年100億円の費用が計上されます。これは現金の支出を伴わない費用ですが、会計上の利益を押し下げる要因になります。

このため、大型M&Aを行った企業では、その後長期間にわたり利益が圧迫されるケースが見られます。


M&Aを妨げると言われる理由

のれん償却がM&Aを妨げているとされる理由は、主に次の三つです。

利益の圧迫

のれん償却費は営業利益を減少させます。
企業の評価は利益指標を基準に行われることが多いため、償却費が大きいと株式市場での評価が下がる可能性があります。

特に日本企業は営業利益を重要な経営指標として重視する傾向があり、償却費が経営判断に影響することがあります。

国際競争の不利

国際会計基準(IFRS)では、のれんは定期償却せず、減損が生じた場合にのみ損失を計上します。

このため、同じM&Aを行った場合でも、IFRSを採用する企業の方が利益が大きく見えることがあります。
この違いが国際的な企業比較に影響するという指摘があります。

経営者の心理的影響

償却費はキャッシュアウトを伴わない費用ですが、利益に影響するため、経営者が大型買収を慎重に判断する要因になる可能性があります。

特に日本企業では、利益の安定性を重視する文化が強く、この心理的要因がM&Aを抑制しているとの見方もあります。


償却は本当に障害なのか

一方で、のれん償却がM&Aの障害であるという主張には、いくつかの反論があります。

M&A判断はキャッシュフローが中心

企業買収の意思決定は通常、キャッシュフローや投資回収期間を基準に行われます。
のれん償却は会計上の費用であり、企業のキャッシュフローには直接影響しません。

このため、理論的には償却費がM&A判断の決定要因になるとは考えにくいとされています。

IFRSでも減損リスクがある

IFRSでは定期償却を行いませんが、その代わり減損テストが必要です。

企業価値が低下した場合には、巨額の減損損失を一度に計上することがあります。
実際、海外企業でも大型減損が発生するケースは少なくありません。

このため、非償却方式が必ずしも企業経営にとって有利とは限らないという見方もあります。

日本企業のM&Aは増えている

近年、日本企業の海外M&Aは増加傾向にあります。

大型買収の事例も多く、のれん償却が存在しても企業がM&Aを実行している現実があります。
この点からも、償却制度がM&Aの主要な障害であるとは言い切れないとの指摘があります。


議論の本質は利益指標にある

のれん償却問題の本質は、M&Aそのものではなく「利益指標」にあると考えられます。

多くの投資家は、のれん償却の影響を除いた利益を参考に企業を評価しています。
そのため企業は、次のような指標を併せて開示することがあります。

  • のれん償却前営業利益
  • EBITDA
  • 調整後利益

つまり、実務上は償却の影響を調整した形で企業評価が行われている場合も多いのです。

このため近年は、償却制度そのものよりも「損益計算書の表示方法を見直すべきではないか」という議論も出ています。


結論

のれん償却が日本企業のM&Aを妨げているという指摘は、一定の根拠を持つものの、それだけがM&Aの障害になっているとは言い切れません。

M&Aの意思決定は、戦略、資金調達、企業価値評価など多くの要因によって決まります。会計処理はその一要素に過ぎないと考えられます。

むしろ現在の議論の焦点は、企業の実態をより適切に表す利益指標や損益計算書の表示方法に移りつつあります。

のれん会計を巡る議論は、日本の会計制度と国際基準の関係、企業価値評価のあり方など、より広い問題につながるテーマであり、今後の制度設計にも影響を与える可能性があります。


参考

日本経済新聞
2026年3月14日朝刊
会計基準機構、のれん償却巡りパブコメ実施へ

企業会計基準委員会
企業結合に関する会計基準

国際会計基準審議会
IFRS第3号 企業結合

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