「買い物に行けない」
「病院に通えない」
「仕事を辞めざるを得ない」――。
現代社会では、移動できないこと自体が生活困難につながり始めています。
かつて「貧困」は、所得や住居、食料不足として語られることが中心でした。しかし人口減少と高齢化が進む日本では、「移動できるかどうか」が人生の選択肢を左右する時代に入りつつあります。
特に地方では、バス路線廃止や鉄道縮小が相次ぎ、「車を運転できる人」と「できない人」の格差が急速に広がっています。
今回は、「移動格差」という視点から、日本社会の新しい不平等について考えます。
なぜ「移動」が重要になったのか
人は移動によって社会参加しています。
例えば、
- 通勤
- 通学
- 買い物
- 通院
- 行政手続き
- 人との交流
など、ほぼすべての社会活動は移動を前提にしています。
つまり移動手段を失うことは、「社会との接続」を失うことに近い意味を持ちます。
特に日本では、
- 郊外化
- 大型商業施設化
- 病院統合
- 行政集約
が進み、「近所だけで生活が完結する社会」ではなくなりました。
その結果、「移動できない人」が生活基盤そのものを失いやすくなっているのです。
地方で進む「交通崩壊」
地方では近年、交通インフラ縮小が急速に進んでいます。
背景には、
- 人口減少
- 運転手不足
- 利用者減少
- 燃料費高騰
- 赤字路線問題
があります。
特に深刻なのはバスです。
地方では、
- 1日数本しか来ない
- 最終便が早い
- 病院に行けない
- 学生が通学できない
という地域も増えています。
鉄道でも、
- ローカル線廃止
- 減便
- 無人駅化
が続いています。
つまり、「公共交通がある前提」で作られた地域社会そのものが維持困難になり始めているのです。
「車を持てる人」と「持てない人」
地方では、自家用車が事実上の生活インフラになっています。
しかし、
- 高齢者
- 低所得者
- 障害者
- 若年層
- 運転免許返納者
などは、車を持てない場合があります。
すると、
- 就職機会
- 医療アクセス
- 買い物
- 人間関係
まで制約されるようになります。
つまり現代では、「移動能力」が経済格差と直結し始めているのです。
かつては「情報格差」が問題になりましたが、今後は「移動格差」が同じくらい重要な社会問題になる可能性があります。
高齢社会で深刻化する理由
移動格差が特に深刻なのは、高齢化との組み合わせです。
高齢者は、
- 運転能力低下
- 視力低下
- 認知機能低下
- 反応速度低下
などにより、自動車事故リスクが高まります。
そのため免許返納が推進されています。
しかし、返納後の代替交通が十分ではありません。
結果として、
- 外出頻度低下
- 社会的孤立
- 買い物困難
- 通院断念
などにつながるケースがあります。
つまり、「安全のために免許返納した結果、生活が成り立たなくなる」という矛盾が起きているのです。
都市部でも広がる「移動格差」
移動格差は地方だけの問題ではありません。
都市部でも、
- タクシー料金上昇
- 鉄道混雑
- 子育て世帯の移動負担
- 高齢者の駅利用困難
など、新たな問題が広がっています。
特に都市部では、「移動時間」が格差を生む面があります。
例えば、
- 長時間通勤
- 保育園送迎
- 満員電車
- 乗り換え負担
などは、時間や体力を大きく消耗させます。
つまり移動格差とは、「移動できるか」だけでなく、「どれだけ負担なく移動できるか」の問題でもあるのです。
「歩ける街」が重要になる
近年、世界では「15分都市」という考え方が注目されています。
これは、
- 仕事
- 医療
- 教育
- 買い物
- 公園
などが徒歩や自転車圏内で完結する都市設計を目指す考え方です。
背景には、
- 脱炭素
- 高齢社会
- 交通渋滞
- 健康寿命
などの問題があります。
つまり、「遠くへ速く移動する社会」から、「近くで暮らせる社会」への転換です。
これは単なる都市デザインではなく、「移動できない人を排除しない社会設計」ともいえます。
テクノロジーは解決策になるのか
今後は、
- 自動運転
- MaaS
- オンデマンド交通
- 配送ロボット
- 電動モビリティ
などへの期待も高まっています。
しかし、技術だけで解決できるわけではありません。
例えば、
- 利用料金
- スマホ操作
- 地域採算性
- 高齢者利用
など、多くの課題があります。
特に地方では、「需要が少ない地域でどう維持するか」が最大の問題です。
つまり移動インフラは、市場原理だけでは維持できない「公共性」を持っているのです。
「移動」は新しい社会保障になるのか
今後、「移動」は医療や介護と同じように、社会保障として考えられる可能性があります。
なぜなら、移動できなければ、
- 病気が悪化する
- 孤立する
- 就労できない
- 認知症リスクが高まる
など、社会全体のコスト増につながるからです。
つまり移動支援は、「単なる交通政策」ではなく、
- 健康政策
- 福祉政策
- 地方創生
- 労働政策
とも密接に結びついています。
結論
移動格差は、単なる「交通の不便さ」ではありません。
それは、
- 医療
- 教育
- 就労
- 孤立
- 健康
- 地域存続
など、生活全体に影響する新しい社会格差です。
そして日本では、
- 人口減少
- 高齢化
- 地方衰退
- 公共交通縮小
が同時進行しているため、この問題は今後さらに深刻化する可能性があります。
これからの社会では、「どこに住むか」だけでなく、「どう移動できるか」が人生の選択肢を決める時代になるのかもしれません。
移動格差とは、実は「社会参加できる人」と「できない人」を分ける、新しいインフラ格差なのです。
参考
・日本経済新聞 各種関連記事
・国土交通省「地域公共交通に関する資料」
・警察庁 高齢運転者対策関連資料
・総務省 人口移動・地域統計資料