はじめに:「黒字なのに、なぜ資金が増えないのか?」
顧問先の社長がよく口にする言葉――
「うちは黒字なんだけど、なんで資金が増えないんだろう?」
その答えを数字で示すキーワードが、ROE(自己資本利益率)です。
ROEは「会社が持つ自己資本を、どれだけ効率的に使って利益を生み出しているか」を表す指標。
つまり、単なる“儲けの大きさ”ではなく、経営の回転効率を映す鏡なのです。
税理士にとってROEは、決算を「過去の報告」から「未来の戦略」に変えるための共通言語。
本稿では、製造業・建設業・医療介護業という3つの業種を題材に、
「ROEで読む経営診断」の実践ポイントをまとめます。
🔍 まずは俯瞰で比較 ― 業種別ROE構造チャート
| 業種 | 売上高純利益率(収益性) | 総資産回転率(資産効率) | 財務レバレッジ(資本構成) | 主な課題 |
|---|---|---|---|---|
| 製造業 | 低め(2〜5%) | 低め(1.0〜1.3回) | 中程度(2〜3倍) | 在庫・設備が重く資産効率が低下しやすい |
| 建設業 | 低め(2〜4%) | 高め(1.2〜1.5回) | 低〜中(2〜3倍) | 資金ギャップが大きく資金繰りが課題 |
| 医療・介護業 | 安定(1〜3%) | 低め(1.0〜1.2回) | 高め(2〜3倍) | 設備・人件費が重く資本効率が低下 |
👉 どの業種も「利益率」より「資本の回り方」が鍵。
税理士が注目すべきは、「どこに資本が滞留しているか」です。
第1章 🏭 製造業編:資産を軽くすることでROEを上げる
製造業は、材料費・人件費・設備投資が重く、**「資産が重たい業種」**です。
ROEを上げるには、「利益を増やす」より「資産を軽くする」方が効果的です。
事例:金属加工業A社(ROE 7.5% → 8.3%へ)
- 売上:12億円
- 総資産:10億円(在庫3億円)
- 自己資本:4億円
在庫を3億円→2億円に圧縮しただけで、総資産が減少しROEが8.3%に上昇。
利益を変えずに“資産効率の改善”で資本を動かすことができました。
税理士ができる支援ポイント
- 原価率・粗利率を可視化して「値決め」を支援
- 固定資産台帳から“眠る資産”を発掘
- 借入と内部留保のバランスを最適化
💬 「在庫1億円減=ROE+1ポイント」
このひと言が、経営者の意識を変えます。
第2章 🏗 建設業編:資金を早く回すことでROEを守る
建設業は、受注から入金まで時間が長い「資金詰まり型」業種。
黒字でも資金繰りが厳しいのは、資本が“現場に寝ている”からです。
事例:地場建築会社B社(ROE 12%)
- 売上:8億円
- 総資産:6億円(未成工事支出金1.5億円)
- 自己資本:2億円
数字上は良好でも、未成工事資産が膨張。
資金が「仕事中」に滞留している状態でした。
改善には、「前受金」「回収サイト短縮」「支出時期調整」の3点が有効です。
税理士ができる支援ポイント
- 工事別原価管理・進捗別損益の見える化
- 月次資金繰りとキャッシュフロー予測の導入
- 前受金契約率の向上(資金先取り体制づくり)
💬 「未成工事支出金は“隠れた在庫”です」
この視点が、ROE経営の出発点です。
第3章 🏥 医療・介護業編:安定黒字でも“資本が眠る”構造
医療法人・介護事業所は、黒字でもROEが低いケースが多く見られます。
原因は、固定資産と人件費の比率の高さ。
「利益は出ているのに資本が回っていない」状態です。
事例:医療法人C会(ROE 2.5%)
- 売上:10億円
- 総資産:8億円(固定資産6億円)
- 自己資本:4億円
利益率は1%でも黒字。しかし、資本が動かずROEは低水準。
稼働率を5%改善すればROEが1ポイント上がる、というケースも。
税理士ができる支援ポイント
- 稼働率・単価・稼働日数の「トリプル分析」
- 設備投資のROI試算・遊休資産の除却提案
- 補助金活用による「資本を減らさず投資」支援
💬 「補助金は利益を増やすより、ROEを守る制度です」
財務と社会的使命を両立させる会計思考です。
第4章 🧮 税理士が“ROEで診る”時代へ
中小企業の経営課題は、今や「節税」よりも「効率」へ。
ROEを使えば、数字を「稼ぐ力・回す力・守る力」に整理できます。
| 観点 | 意味 | 税理士の関与テーマ |
|---|---|---|
| 売上高純利益率 | 利益をどれだけ残せるか | 原価管理・値決め・粗利分析 |
| 総資産回転率 | 資産をどれだけ回しているか | 在庫・工事・設備の効率化 |
| 財務レバレッジ | 資本と借入のバランス | 借入戦略・内部留保最適化 |
ROEという一つの数字に、経営の全体像が凝縮されています。
税理士がこれを使いこなせば、
「決算書を読む人」から「経営を導く人」へ
一歩進んだ顧問関係を築けるのです。
まとめ:ROEは“経営と会計をつなぐ翻訳機”
ROEを語ることは、「資本の物語」を語ること。
利益・資産・資本――3つの歯車のどこが鈍っているのかを見極めることで、
中小企業の経営を“数字で見える化”できます。
製造業では「在庫」、
建設業では「資金」、
医療・介護業では「設備」。
それぞれに資本が眠っています。
税理士の使命は、それを「動かす力」に変えること。
ROEという指標は、そのための羅針盤です。
出典
出典:2025年10月11日 日本経済新聞朝刊
「株式投資、『変革』銘柄の選び方」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。

