「ROE経営」は中小企業診断にも使える
中小企業の経営分析というと、
「売上」「利益」「借入金」「キャッシュフロー」といった数字が並びます。
しかし、それらを“点”で見るだけでは、会社の本当の課題は見えてきません。
そこで活用できるのが、ROE(自己資本利益率)です。
ROEは「企業が自己資本をどれだけ有効に使って利益を上げたか」を示す指標。
経営の効率性・体質・資産の活かし方を、ひとつの数字に凝縮して見られる強力なツールです。
税理士がROEを使いこなせば、
顧問先の経営課題が「財務的に見える化」できるのです。
製造業のROE構造を理解する
製造業のROEは、業界特性として次のような特徴を持ちます。
| 要素 | 製造業の特徴 | 改善の着眼点 |
|---|---|---|
| 売上高純利益率 | 利益率が薄い。材料費・人件費に左右されやすい | 原価管理・値決め・製品ミックス |
| 総資産回転率 | 設備・在庫・売掛金で資産が重くなりがち | 在庫削減・稼働率・回収期間短縮 |
| 財務レバレッジ | 借入依存が高め。自己資本比率30%前後が多い | 借入の見直し・内部留保の使い方 |
つまり、「薄利・資産重め・借入多め」という構造。
このため、ROEを上げるには、利益率だけでなく資産効率の改善が欠かせません。
事例①:地方中堅・金属加工業A社の場合
- 売上:12億円
- 経常利益:3,000万円(利益率2.5%)
- 総資産:10億円(在庫3億円・固定資産4億円)
- 自己資本:4億円
👉 ROE = 3,000万円 ÷ 4億円 = 7.5%
決して悪くはありませんが、社長は「資金繰りが苦しい」と口にします。
数字を分解してみましょう。
| 指標 | 計算式 | 数値 | コメント |
|---|---|---|---|
| 売上高純利益率 | 3,000万円 ÷ 12億円 | 2.5% | 原価率が高い |
| 総資産回転率 | 12億円 ÷ 10億円 | 1.2回 | 在庫過多・売掛回収遅れ |
| 財務レバレッジ | 10億円 ÷ 4億円 | 2.5倍 | 借入圧力中程度 |
この構造だと、ROE改善の最大ポイントは「資産回転率」。
実際、在庫を3億円→2億円に圧縮すれば、総資産は9億円に減少。
同じ利益でも、ROEは 3,000万円 ÷ 4億円 × (10÷9) ≒ 8.3% に上昇。
利益を増やさなくても、“資産を軽くする”だけでROEは上がるのです。
税理士ができる支援:製造業向けの3ステップ
① 原価構造の見える化
製造原価報告書をもとに、材料費・労務費・経費の比率を整理。
「どの工程でムダが出ているか」を数値で把握し、利益率改善の根拠にします。
→ 原価率を下げるより、値決めを変えたほうが早いケースも多いです。
② 資産効率の再設計
固定資産台帳・在庫明細・売掛金年齢表をチェック。
特に「動かない在庫」「未稼働設備」「回収遅延取引先」は資本効率の敵です。
→ 在庫1億円削減=キャッシュ1億円増。資本回転率が劇的に改善します。
③ 借入と内部留保のバランス調整
製造業は設備投資サイクルが長いため、「余剰現金を寝かせない」方針が重要。
内部留保を使って、更新投資や生産性向上に振り向ける。
逆に、金利が低ければ借入によるレバレッジ活用も選択肢に入ります。
→ ROE8%超を安定維持できれば、金融機関評価も一段上がります。
会話で使える“ROEのひとこと診断”
顧問先との打ち合わせで、こんな言葉を添えるだけで、数字への理解が深まります👇
「この在庫、1億円動かないと、ROEが1ポイント下がっちゃうんですよ」
「利益率も大事ですが、在庫回転がもう少し早くなるとROEがぐっと上がります」
「レバレッジの使い方が上手くなれば、同じ自己資本で倍のリターンが出せます」
ROEは“投資家用語”ではなく、経営者との共通言語にできるのです。
次回予告:建設業の「受注型ROE」を読む
次回(第2回)は、建設業を取り上げます。
製造業とは異なり、建設業は「案件単位・受注型」のビジネスモデル。
完成工事未収入金・前受金・外注費などが絡み、
ROE改善のポイントが“資金の回り方”にあります。
顧問先の建設業を「ROEで診る」と、
資金繰り・手持ち工事・利益率の関係が一目で見えてきます。
出典
出典:2025年10月11日 日本経済新聞朝刊
「株式投資、『変革』銘柄の選び方」
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
