AIが変える税務調査 ― データ連携と人の判断の新時代――「調査対象」をAIが選ぶ時代へ

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■ 序章:税務の世界にもAI革命が来ている

税務調査と聞くと、紙の帳簿や領収書を前にした地道な作業を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし、いま税務の現場では静かに「AIによる選定と分析」の波が押し寄せています。

2025年、国税庁は会計検査院の指摘を受けて、
ストックオプションの課税漏れ調査でAI分析を本格導入。
企業や個人の申告内容と、証券会社や金融機関などからのデータを突合し、
申告漏れの可能性が高い案件をリスト化する仕組みを強化しました。

つまり、税務調査の最初のステップ――
「誰を調べるか」という“選定”を、AIが担う時代になりつつあります。


■ 1. AIが導入される背景 ― 膨大なデータと限られた人員

国税庁の職員数はピーク時より減少傾向にあります。
一方で、電子帳簿・インボイス・マイナポータル連携など、
扱うデータ量は年々爆発的に増えています。

要素2020年代初頭2025年現在
申告件数約5,500万件約6,200万件超
電子申告率約70%約90%
帳簿・領収書形式紙中心電子帳簿・PDF・クラウド共有中心

こうした中で、
AIを活用した「リスク分析型調査」が導入されました。
AIがデータを横断的に分析し、
「不自然な利益率」や「特定支出の急増」「業界平均との乖離」などを自動検出。
調査官は、AIが抽出した“高リスク案件”に集中できるようになりました。


■ 2. 具体的な導入例 ― 「AIリスク選定システム」と「データ連携調査」

● (1)AIリスク選定システム(国税庁内部システム)

国税庁では、すでに独自のAIシステムを使い、次のような領域でデータ分析を実施しています。

  • 所得税・法人税・相続税などの申告データ突合
  • 電子帳簿保存法データやインボイス登録情報の整合性チェック
  • 銀行・証券口座データの異常取引検知

このAIは、過去の調査事例や修正申告のデータを学習しており、
「このパターンはリスクが高い」という傾向を自動で抽出します。

● (2)データ連携調査(外部情報の統合)

マイナンバー制度とともに、国税庁・金融庁・証券会社のデータ連携も進んでいます。
ストックオプション、海外口座、暗号資産、クラウド会計データなどが
すべて「個人単位」でひも付けられるようになり、
AIが一括でリスク判定を行います。

結果として、
「AIが選び、人間が確かめる」
――そんな新しい税務調査スタイルが定着しつつあります。


■ 3. AIが選ぶ「調査対象」 ― 何がリスクとみなされるのか?

AIが注目するのは、次のような“数値のズレ”や“パターンの異常”です。

  • 売上や利益の急変(前年比 ±30%以上の変動)
  • 経費項目の突出(広告宣伝費・交際費・外注費など)
  • ストックオプションや暗号資産の取引情報との乖離
  • 銀行入出金と申告所得の不一致
  • 海外送金や外貨建取引の不明瞭性

従来の「抜き打ち」ではなく、
AIによる「確率的な選定」に基づくため、
今後は“偶然”ではなく“必然的”に調査対象になる人・企業が増えていくでしょう。


■ 4. AIに任せられない領域 ― 「人の判断」が残る部分

AIが数値異常を検出できても、
「なぜその数値になったのか」という説明まではできません。

たとえば――

  • 新規事業の投資で赤字になった
  • 一時的なキャンペーン経費が膨らんだ
  • 天候不順や仕入価格高騰で原価率が変動した

こうした「ビジネスの文脈」を理解し、合理的に説明するのは、やはり人間の役割です。
AI時代の税務調査では、
データで説明し、人が納得させる力がますます重要になります。


■ 5. 企業・個人が今から備えるべき3つのポイント

① データを“説明できる”状態で保存する

AIが分析するのは数字だけ。
なぜその数字になったかを説明できるよう、証拠資料・メモ・議事録を整備しておく。

② AI時代の会計ソフト・クラウド連携を活用

弥生・freee・マネーフォワードなどのクラウド会計は、
国税庁対応の電子帳簿保存法基準を満たしています。
AIが読み取っても誤解されないよう、正確なタグ付け・入力ルールが重要です。

③ 「AIチェックに強い決算書」を作る

過去データとの比較、業界平均との乖離などを自社でシミュレーションし、
「AIが違和感を持たない」透明な決算書を目指すことが、
将来的な調査リスク低減につながります。


■ 6. 専門家の新しい役割 ― “AI×人間”の税務判断支援

税理士やFPなどの専門家も、AI時代における役割が変わりつつあります。

  • AIが検出した異常値の「理由説明」を行う
  • データの整合性を事前にチェックする税務レビューAIツールの導入支援
  • クライアントに対して“AIに見られる前に整える”助言を行う

つまり、AIが「検知」し、人が「解釈」する。
両者の協働によって、税務の透明性はこれまで以上に高まるのです。


■ 結び ― データ時代の「納得できる課税」のために

AIによる税務調査の精度が上がれば上がるほど、
“隠しごと”は難しくなります。
しかし同時に、「なぜ課税されるのか」「どう説明できるのか」という
“納得できる課税”の実現にもつながります。

AIは敵ではなく、透明な税務行政のパートナーです。
その時代に備えるために、
私たち一人ひとりが「データで説明できる会計」を心がけること。
それこそが、AI時代を賢く生き抜く最大の防御策です。


出典:日本経済新聞(2025年10月21日朝刊)ほか、国税庁「AIリスク選定の活用に関する内部資料」、総務省「税務行政のデジタル化推進方針2025」より作成


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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