これまでの記事で、AIが若手雇用を縮小させたり、生産性を底上げする「収斂効果」を生んだりすることを見てきました。
では、こうした変化は企業の組織運営にどんな影響を与えるのでしょうか?
結論からいえば、AIの導入は単なる「一部業務の効率化」にとどまりません。採用戦略、人事制度、給与体系、さらには事業範囲の設計まで、経営戦略全体を揺るがすインパクトを持っています。
採用戦略の変化 ― 「AIで補えない人材」を求める時代へ
AIの進化により、定型業務や調査業務は大幅に効率化されます。これは裏を返せば「そのためだけに人を雇う必要はない」ということです。
その結果、企業は次のような方向に採用戦略をシフトさせる可能性が高まります。
- AIで代替できないスキルを持つ人材の採用強化
- 創造性(新しい企画やデザイン)
- 対人関係力(交渉・信頼構築)
- 専門的判断(法律・会計・医療など)
- 新人より即戦力を重視
「AIが新人教育の代わりになる」とはいえ、ゼロから育てるより最初からスキルを持つ人材を採用する傾向が強まる可能性があります。
つまりAIは、採用の「質」を大きく変えるのです。
給与体系とマネジメント ― 「全員が85点」の時代にどう対応するか
第2回で触れたように、AIは「60点を85点にする」力を持っています。すると組織全体が平均化し、成果のバラつきが小さくなる傾向が出てきます。
これは、従来の成果主義型の給与体系に再考を迫ります。
- 従来の仕組み
成果の差を基準に昇給・賞与を決定 - AI時代の課題
成果が均一化し、「誰を評価するか」が曖昧になる
このとき企業が取り得る方向性は2つです。
- チーム単位の成果評価へ移行
個人差が小さくなるなら、チームやプロジェクト単位での評価を重視する。 - AIを使いこなす力の評価
同じ85点でも、「AIを使って85点にした人」と「AIを使わずに85点を維持した人」は異なります。AIを戦略的に使える人材を高く評価する仕組みが求められます。
事業の内製化 ― 「外注か内製か」の境界が変わる
AIがもたらすのは組織内部の効率化だけではありません。企業の事業範囲そのものが広がる可能性があります。
これまでは「外注しなければ難しい」とされてきた業務も、AIの活用によって社内で処理できるようになります。
- 例1:翻訳業務
かつては外部の翻訳会社に依頼していた作業が、AI翻訳と社員のチェックで内製化可能に。 - 例2:マーケティング資料の作成
広告代理店に頼っていた企画を、AIが一次案を作り、社内で仕上げられるように。 - 例3:ソフトウェア開発
プログラミング知識が浅い社員でもAIコーディング支援を使って小規模ツールを作成できる。
この結果、**「管理コストが下がり、自社で抱えられる業務の範囲が広がる」**という現象が起きます。企業は事業モデルそのものを再設計する必要に迫られるでしょう。
経営戦略としてのAI受容
以上を踏まえると、AIはもはや「情報システム部門の道具」ではなく、経営戦略そのものを変える存在であることがわかります。
- 採用戦略(誰を雇うか)
- 人事制度(どう評価し、どう報酬を決めるか)
- 事業戦略(どこまで自社で担い、どこを外に委ねるか)
これらを総合的に見直す必要があり、AIを単なる「効率化ツール」として扱う企業と、「経営資源の再編成装置」として扱う企業では、将来の競争力に大きな差が生まれるはずです。
まとめ
AIの導入は単なる技術的な変化にとどまりません。
- 採用:AIに代替できない人材を重視
- 給与体系:成果の均一化に合わせた新しい評価制度が必要
- 事業戦略:外注と内製の境界が変わり、事業範囲そのものが再定義される
つまり、AIの受容とは「人事・組織・戦略を含めた経営全体の再設計」なのです。
📌 参考 日本経済新聞朝刊(2025年9月26日)
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
