新NISAの恒久化と非課税枠の大幅拡充により、日本の投資促進政策は明確な強化局面に入りました。一方で、極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置は、超高所得層に対する実効税率の下限設定として導入され、令和9年分からは対象者拡大と税率引上げが予定されています。
一見すると、投資を促進する政策と金融所得への負担強化は方向性が逆のようにも見えます。本稿では、両制度の構造を整理し、制度的な緊張関係がどこにあるのかを検討します。
投資促進としてのNISAの位置付け
NISA制度は、家計の資産形成支援を目的とする非課税制度です。特に新NISAでは、
- 非課税期間の恒久化
- 生涯投資枠の設定
- つみたて投資と成長投資の併用可能化
といった制度拡充が行われました。
政策目的は明確であり、貯蓄から投資への流れを加速させること、そして家計の中長期的な資産形成を支えることにあります。対象層は中間層・若年層が中心であり、資産形成の裾野拡大が主眼です。
負担適正化措置の政策的性格
これに対し、極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置は、実効税率の下限設定により、超高額所得者の負担を調整する制度です。
形式上は分離課税を維持しながら、一定水準を超える場合に追加的税額を算出する構造となっています。
政策目的は、
- 税負担の公平性確保
- 高額金融所得による実効税率の低下是正
- 社会的受容性の確保
と整理できます。
緊張関係はどこにあるのか
両制度の緊張関係は、次の3つの視点から整理できます。
① 投資促進と負担強化のメッセージ性
NISAは「投資を後押しする」政策メッセージです。
一方、負担適正化措置は「一定以上の金融所得には追加負担を求める」というメッセージを含みます。
制度上は対象層が異なるものの、政策メッセージとしては一定の緊張を内包します。投資促進と公平性確保のバランスが問われます。
② 金融所得課税一体化との関係
金融所得課税一体化が進めば、分離課税の枠組みそのものが見直される可能性があります。その場合、NISA制度の非課税措置がどのように位置付けられるのかが論点となります。
現在は、
- 一般口座・特定口座 → 分離課税
- NISA口座 → 非課税
という明確な区分がありますが、一体化が進めば制度設計の再整理が必要になります。
③ 適用対象の拡大による波及効果
令和9年分からは対象者が数千人規模へ拡大すると見込まれています。対象者が増えれば、金融所得課税の負担構造に対する関心も高まります。
今後、負担適正化措置がさらに強化される場合、金融市場への影響や投資行動への心理的影響が議論される可能性があります。
制度設計上の分業構造
現時点では、両制度は明確に役割分担されています。
- NISA:資産形成の裾野拡大
- 負担適正化措置:超高所得層の実効税率補正
この分業構造が維持される限り、制度的衝突は限定的です。
むしろ政策全体としては、
投資の大衆化は進める
一方で超高所得層の負担は調整する
という二層構造で設計されていると見ることができます。
今後の分岐点
制度的緊張が顕在化するのは、次のような局面です。
- 金融所得課税一体化が本格的に制度化される場合
- NISAの非課税枠に大幅な見直しが入る場合
- 負担適正化措置が中間層にまで波及する場合
これらが起きれば、制度全体の再設計が必要となります。
現段階では、限定的な負担補正と投資促進を並立させる設計にとどまっていますが、財政状況や社会的議論の進展によっては転換点を迎える可能性があります。
結論
極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置とNISA政策は、一見対立する方向性を持つように見えますが、現在は対象層を分けた分業構造によって両立しています。
投資の裾野拡大と税負担の公平性確保という二つの政策目標を同時に追求する設計です。
今後、金融所得課税一体化の議論が進むかどうかが、両制度の関係性を左右する最大の分岐点となります。制度の細部だけでなく、税体系全体の方向性を踏まえた検討が必要な局面に入っているといえるでしょう。
参考
税のしるべ「極めて高い水準の所得に対する負担適正化措置の適用がある場合の申告書等の記載例を公表」2026年2月23日
自由民主党「令和8年度税制改正大綱」2025年12月公表
財務省「金融所得課税のあり方に関する資料」近年公表資料
