韓国で大企業に勤める高度人材が、相次いで起業へと踏み出しています。デジタル分野を中心に専門性を武器にした創業が増え、統計上はこの5年で2.5倍に拡大しました。一方で、財閥への一極集中や苛烈な出世競争、そして自営業者の過当競争という現実も横たわっています。
高度人材の「挑戦」は、韓国経済の成長エンジンになり得るのか。それとも格差構造を温存したままの流動化にとどまるのか。本稿では、その構造的背景と今後の示唆を整理します。
財閥集中と出世競争の構造
韓国経済は、サムスン、SK、現代自動車、LGといった大財閥グループへの依存度が極めて高い構造を持ちます。4大財閥の売上高はGDPの4割規模に達し、その存在感は圧倒的です。
しかし、大学卒業後に財閥の正社員として採用されるのは一部に限られます。さらに入社後も激しい出世競争が続きます。役員ポストは削減傾向にあり、昇進数も減少しています。加えて、AIやDXに強い若手の抜てきが進み、「三末四初」と呼ばれる30代後半〜40代前半の登用が象徴的なキーワードとして浸透しました。
その結果、豊富な経験と専門性を持つ中年層が、企業内での昇進に見切りをつけ、自ら事業を立ち上げるという流れが生まれています。
デジタル創業の拡大と成功事例
韓国の中小ベンチャー企業省の調査によれば、専門人材による起業数は100万社を超え、50代・40代が中心層となっています。動機としては「より高い所得」が最多ですが、「適性や能力を発揮するため」という回答も目立ちます。
特に拡大しているのがデジタル分野です。EC、オンライン教育、ウェブデザイン、3Dプリントなど、個人の技術力を直接市場につなげる業態が増加しています。コロナ禍で在宅勤務が広がったことも、独立への心理的ハードルを下げました。
AIを活用して出版工程を自動化する企業や、専門資格とITを融合させたサービスなど、成功事例も生まれています。政府の補助金や低利融資制度も、起業の後押しとなっています。
この動きは、単なる脱サラではなく、「専門性の再編集」とも言える現象です。
しかし拡大する自営業リスク
一方で、韓国の自営業比率はOECD平均や日本を大きく上回る水準にあります。飲食業や学習塾など参入障壁の低い業種では過当競争が激しく、廃業数も年間100万件を超えました。
背景には、50歳前後での早期退職慣行と、十分とは言えない年金制度があります。再就職が難しい中で、退職金を元手に起業せざるを得ないケースも少なくありません。
つまり、現在の起業ブームには二つの顔があります。
一つは、デジタル技術を武器に世界市場へ挑む高度人材の挑戦。
もう一つは、雇用の受け皿不足から生まれる「やむを得ない自営業」です。
前者がイノベーションを生む可能性を秘める一方、後者は生産性向上につながりにくい構造問題を抱えています。
格差固定化と少子化の影
韓国社会には「役員になると100の待遇が変わる」という言葉があります。大企業で役員に昇進できるかどうかは、生涯年収だけでなく生活水準にも直結します。
勤め先が財閥か中小企業かで人生設計が大きく左右される現実は、若年層に将来不安を与えています。結婚や出産をためらう傾向は少子化の加速につながり、年金制度の持続可能性にも影を落とします。
高度人材の起業は、閉塞感への突破口であると同時に、構造的格差の存在を映す鏡でもあります。
結論
韓国の高度人材による起業増加は、財閥中心経済のひずみとデジタル技術革新の交差点で生まれた現象です。
専門性を持つ人材が市場で直接価値を創造する動きは、経済のダイナミズムを高める可能性があります。しかし、同時に自営業過多と格差固定化という構造問題も抱えています。
鍵を握るのは、
・挑戦がイノベーションへ結実する制度設計
・失敗しても再挑戦できる社会保障の整備
・財閥依存からの産業多様化
高度人材の起業が「個人の脱出」ではなく「経済構造の転換」へとつながるかどうか。韓国の選択は、同様に人口減少と産業高度化に直面する日本にとっても示唆に富んでいます。
参考
・日本経済新聞 2026年2月23日朝刊「韓国高度人材、起業に走る」
・日本経済新聞 2026年2月23日朝刊「細る勝ち組、格差は埋まらず」
・日本経済新聞 2026年2月23日朝刊「韓国の自営業者」

