米連邦最高裁がトランプ政権の相互関税を違憲と判断しました。
もっとも、政権は代替措置として10%関税を発動し、他の通商法に基づく関税措置の可能性も残されています。
関税政策が法的に揺らぐ局面で、企業実務に直結するのが「移転価格」と「関税評価」の問題です。
関税は貿易コストの問題にとどまりません。
価格設定、利益配分、税務リスクに波及する構造的論点を内包しています。
本稿では、関税政策の不確実性が国際税務実務に与える影響を整理します。
1.関税と移転価格はなぜ連動するのか
関税は「輸入価格」を基礎に課税されます。
一方、移転価格は「関連者間取引価格」の妥当性を問題にします。
多国籍企業グループにおいて、
・日本親会社が米子会社へ製品を輸出
・米子会社が販売
という構造の場合、輸入価格は
・関税の課税標準
・移転価格の検証対象
の双方になります。
関税が10%上昇すれば、輸入価格が高いほど関税負担は増えます。
しかし、価格を引き下げれば今度は移転価格税制上の問題が生じる可能性があります。
つまり、関税最適化と移転価格適正化は必ずしも一致しません。
2.違憲判決後の「価格調整リスク」
今回の違憲判決により、IEEPA関税が無効とされました。
今後、還付や制度変更が生じる可能性があります。
ここで問題となるのが「事後的価格調整」です。
例えば、
・過去に高関税を前提に輸入価格を引き下げていた
・関税還付により実質的な利益構造が変わる
といったケースです。
移転価格税制は、通常、事前の独立企業間価格に基づき検証されます。
関税前提で設計した価格が、後から変わる場合、利益率が想定から乖離する可能性があります。
特に、TNMM(取引単位営業利益法)で一定マージンを想定していた場合、関税負担の変動が営業利益率に直結します。
この場合、
・価格調整を行うのか
・補償調整(コンペンセーティング・アジャストメント)を行うのか
という判断が必要になります。
3.関税評価と移転価格の「二重リスク」
税務当局と税関当局は目的が異なります。
税務当局は、利益が低すぎると課税所得を引き上げようとします。
税関当局は、輸入価格が低すぎると関税評価を引き上げます。
関税環境が変動すると、次のリスクが顕在化します。
・関税回避のために輸入価格を下げたと疑われる
・移転価格調査で利益配分が不適切と指摘される
関税と法人税の当局が同じ価格を別の観点から検証するため、「板挟み」の状態が生じます。
OECD移転価格ガイドラインでも、関税は価格設定要素の一つと位置付けられていますが、両制度の完全な整合は制度上保証されていません。
4.サプライチェーン再編とPEリスク
関税政策が不安定になると、企業は
・第三国経由調達
・現地生産への切替
・契約製造モデルへの転換
といったサプライチェーン再設計を進めます。
このとき注意すべきは、恒久的施設(PE)リスクです。
例えば、
・米国での機能強化
・在庫保有形態の変更
・現地販売会社のリスク負担増加
が生じれば、従来の利益配分モデルが維持できなくなる可能性があります。
関税が「コスト問題」に見えて、実際には
・機能
・リスク
・資産
の再配分を伴う構造転換につながります。
これは移転価格文書の全面見直しを要する局面です。
5.実務対応のチェックポイント
今後想定される対応として、次の点が重要になります。
① 関税前提で設計した価格ポリシーの再検証
② 価格調整条項(price adjustment clause)の有無確認
③ 関税還付時の利益帰属整理
④ 税関当局と税務当局の整合性確保
⑤ APA(事前確認制度)対象企業の前提条件確認
特にAPAを締結している企業は、前提条件(critical assumptions)に関税水準が含まれているかを確認する必要があります。
大きな政策変更は、APA再協議の対象となり得ます。
結論
今回の違憲判決は、関税政策の法的根拠を揺るがしました。
しかし関税そのものが消滅したわけではなく、代替法的枠組みが残されています。
企業にとって重要なのは、
・関税水準の変動
・価格設定への影響
・利益配分の再検証
です。
関税は単なるコストではなく、移転価格・関税評価・PEリスクを横断する統合的テーマです。
今後の関税再設計の動向次第では、価格ポリシーの再構築や文書化戦略の見直しが不可避となる可能性があります。
国際税務は「税率」よりも「制度の安定性」に敏感です。
政策不確実性が高まる局面では、契約・価格・機能配分を改めて点検することが求められます。
参考
日本経済新聞
・米、代替10%関税発動へ 最高裁「違憲」判決受け(2026年2月21日夕刊)
・「関税違憲」でも踊れぬ市場(2026年2月21日夕刊)
OECD
・OECD Transfer Pricing Guidelines for Multinational Enterprises and Tax Administrations(最新版)

