シン・富裕層と金融所得課税の再設計――「資本を回す力」を損なわず、公平性をどう作り直すか

FP
緑 赤 セミナー ブログアイキャッチ - 1

起業や投資で得た資本を、次のスタートアップや社会課題の解決に回す。いわゆる「シン・富裕層」が増えるほど、経済にはリスクマネーが流れ、成長の芽が育ちやすくなります。

一方で、資産価格の上昇局面では金融資産の有無が生活の差を広げやすく、金融所得課税の強化は繰り返し議論になります。ここで難しいのは、格差是正だけを目的化すると、リスクを取って資本を回す動きまで萎縮させかねない点です。

本稿では、金融所得課税を「強化か維持か」という二択にせず、資本循環と公平性を両立させるための再設計の論点を整理します。

1. そもそも金融所得課税は何を目指すべきか

再設計のゴールは大きく3つに分けられます。

第一に、公平性です。労働所得と金融所得の負担のバランス、そして高額所得者の負担のあり方が問われます。税制改正大綱でも「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化」の見直しが示されています。

第二に、中立性です。商品や取引形態の違いで税負担が大きく変わると、投資判断が歪み、租税回避的な動機が強くなります。金融庁資料でも、デリバティブ取引を含む金融所得課税の一体化を「総合的に検討」する方向性が示されています。

第三に、成長資金の供給です。スタートアップ投資や再投資を促す制度設計がなければ、資本は「守り」に寄りやすくなります。

この3つはトレードオフになりがちですが、設計次第で緩和できます。

2. 「一律引き上げ」ではなく、設計で分ける

金融所得課税を再設計する際、最も避けたいのは「税率を一律に上げる」だけで終わることです。これでは、長期の資産形成も、成長資金の供給も、同じ強さで冷やします。

そこで、再設計は少なくとも次の3層に分けて考えるのが現実的です。

  • 生活者の資産形成(積立・分散・長期)
  • リスクマネー供給(スタートアップ、成長企業への資金)
  • 超高額の金融所得(負担の適正化の対象)

この「分け方」を明確にするほど、議論は整理しやすくなります。

3. 生活者の資産形成は「非課税・簡素」を軸に守る

新NISAは、長期の資産形成を支える制度として、非課税保有限度額(総枠)や売却による枠の再利用など、制度の骨格が整理されています。

金融所得課税の強化を議論する際も、生活者の資産形成部分については、

  • 非課税枠の意義
  • 制度の簡素さ(わかりやすさ)
    を優先し、「細かな課税強化で複雑化させない」姿勢が重要になります。実務的には、制度が複雑になるほど誤りが増え、結果として制度への信頼も損なわれます。

4. リスクマネー供給は「出口課税」よりも「循環設計」が要点

シン・富裕層の価値は、資本を持つこと自体より、資本を回すことにあります。ここで鍵になるのが、エンジェル税制のような「再投資・創業支援」の税制です。国税庁も、スタートアップ投資促進のための特例として制度概要を示しています。
また、経済産業省のガイドラインでは、所得控除型や譲渡益控除型など複数の優遇類型が整理されています。

再設計の方向性としては、次の発想が実務に合います。

  • 「儲かったら重く課税」だけで終わらせず、再投資に回す場合は負担を軽くする
  • ただし、対象や要件は過度に複雑にしない(利用が進まない)
  • エンジェル投資の“失敗”も前提に、損失の取扱い(損益通算・繰越控除)の整合性を高める

リスクマネーは成功例だけで回るのではなく、失敗を含めたポートフォリオで回ります。課税が「成功には重いが失敗は救わない」設計になると、個人資本は最も動きにくくなります。

5. 超高額の金融所得は「税率」より「捕捉と整合性」が先に来る

公平性の観点から、超高額の金融所得への負担適正化を求める声は今後も続きます。ただ、ここで論点になるのは税率だけではありません。

  • 商品間の扱いの差(現物株、投信、デリバティブ等)
  • 損益通算の範囲
  • 法人化・海外移転・所得の付け替えなどの歪み
  • 把握(捕捉)と執行可能性

金融庁資料が示す「金融所得課税の一体化」論点は、まさにこの“整合性”に関わります。

制度の整合性が取れていないまま税率だけを上げると、取引の組み替えが進み、結局は公平性も税収も不安定になります。再設計では、まず「課税ベースをそろえる」「回避を防ぐ」ことが先行し、その上で負担の議論に進む順序が合理的です。

6. 日本に合う落としどころ――二元的発想(勤労と資本)を“乱暴に”使わない

海外では、勤労所得と資本所得を異なる思想で課税する「二元的所得税(Dual Income Tax)」の議論があります。
日本でも発想として参考になりますが、注意点があります。制度だけを輸入すると、

  • 高所得者の所得付け替え
  • 小規模事業者・役員報酬との境界問題
    などの副作用が出やすいからです。

日本で現実的なのは、理念として「生活者の資産形成は守る」「成長資金は循環させる」「超高額部分は整合性を確保した上で負担を考える」という3層設計を優先し、商品横断の一体化や実務の簡素化を積み上げていくことだと考えます。


結論

シン・富裕層をめぐる金融所得課税の議論は、「富裕層に課税するかどうか」ではなく、「資本を社会に循環させる仕組みをどう作るか」が本題です。

再設計の要点は、次の3点に集約されます。

  1. 生活者の資産形成は非課税・簡素の軸で守る(NISAの位置づけを明確にする)
  2. リスクマネーは“循環”を促す(エンジェル税制等の使い勝手と整合性を高める)
  3. 超高額の金融所得は税率より先に、捕捉・商品横断の整合性・回避防止を整える(一体化の議論を具体化する)

この3層が噛み合えば、公平性と成長は対立ではなく、同じ制度の別の側面として整理できます。資本を「ためる社会」から「回す社会」へ進むために、金融所得課税は再設計の段階に入っていると言えます。


参考

・財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」2025年12月26日
・財務省「令和8年度税制改正の大綱」2025年12月26日
・金融庁「令和8(2026)年度税制改正について」2025年12月26日
・国税庁「No.1544 エンジェル税制の概要等」2025年4月1日現在
・経済産業省「エンジェル税制申請ガイドライン(令和7年度版)」
・金融庁「NISA特設ウェブサイト」「NISAを利用する皆さまへ(説明資料)」2024年~2025年公表資料
・Sørensen, Peter Birch「Dual Income Taxes: A Nordic Tax System」公表資料(年次不詳、研究論文)

タイトルとURLをコピーしました