上場はゴールではない――PE伴走型・非公開化という成長戦略

経営

新興企業にとって、上場は長らく「成長の到達点」と位置づけられてきました。しかし足元では、上場後にあえて株式を非公開化し、再成長を目指す動きが広がっています。背景にあるのは、グロース市場における小粒上場問題、短期業績への市場圧力、そして成長投資と株価評価のねじれです。

2025年、クラウド人材管理サービスを展開するカオナビは、米系PEファンドであるカーライル・グループのTOBを受け入れ、非公開化を選択しました。この事例は、単なる資本の入れ替えではなく、「時間軸の再設計」ともいえる戦略的な資本政策として注目されています。

本稿では、PEファンド伴走型の非公開化の構造と意味、そしてそのリスクと可能性について整理します。

1.なぜ非公開化なのか――上場企業のジレンマ

上場企業は、常に市場の評価にさらされています。成長投資を優先すれば短期利益が圧迫され、株価が伸び悩むことがあります。一方、利益を確保しようとすれば、競争環境の中で投資が遅れ、将来成長を取り逃す可能性があります。

特にグロース市場では、時価総額が一定規模に達しない企業に機関投資家資金が入りにくく、売買は個人投資家に偏りがちです。その結果、業績が先行投資型である企業ほど評価されにくい構造が生まれます。

カオナビも、クラウド型タレントマネジメント市場で競争が激化する中、中長期の開発投資や人材投資が必要な局面にありました。こうした環境下で、上場という枠組みが経営判断の制約になりつつあったといえます。

非公開化は、この短期市場圧力から一時的に離れ、中長期の戦略を描くための「時間の確保」という意味を持ちます。


2.カーライルの買収スキームの特徴

今回の非公開化には、従来型のPE買収とは異なる特徴がありました。

第一に、LBO(レバレッジド・バイアウト)を用いなかった点です。一般的なPE買収では、買収資金の一部を借入金で賄い、買収後は対象会社のキャッシュフローで返済していく手法が用いられます。しかしカーライルは全額自己資金で株式を取得し、カオナビに返済負担を負わせませんでした。

これにより、カオナビは財務的な制約なく、開発投資、採用拡充、M&Aなどに経営資源を集中できる構造となりました。

第二に、SPCとの合併を行わず、株式取得にとどめた点です。これにより将来の重荷となり得る「のれん」の計上を回避しました。のれん償却負担を抱えないことも、成長投資を優先する設計といえます。

もっとも、レバレッジをかけない以上、投資回収リスクはファンド側が直接負う構造です。財務規律としての「借入返済圧力」が働かないという懸念もあります。

このスキームは、成長重視型の戦略に特化した、いわば「負債を背負わせない非公開化」と整理できます。


3.PEファンドは単なる資金提供者か

PEファンドの役割は、単なる資金供給にとどまりません。

デューデリジェンスにおいては、足元の利益ではなく、5年後の損益計算書(PL)を重視したとされています。製品力、市場拡大余地、成長速度を総合的に評価した上で、非公開化後の戦略設計に関与します。

非公開化後は、社外取締役として経営に参画し、成長戦略の具体化やM&Aの実行支援を行います。いわば、資本と経営の両面で伴走するパートナーです。

グロース市場に上場したばかりの新興企業にとって、経営基盤やガバナンス体制の整備は途上であることも少なくありません。PEファンドの伴走は、資本政策の柔軟性だけでなく、経営能力の補完という側面も持ちます。


4.非公開化は万能か

もっとも、非公開化が常に最適解とは限りません。

レバレッジを用いない場合、資本効率は相対的に低下しやすくなります。また、外部市場からの評価が遮断されることで、経営に対する緊張感が弱まる可能性もあります。

さらに、自己資金での大型買収はファンド側にも相応の体力が求められ、すべての企業が同様のスキームを選択できるわけではありません。

したがって、非公開化は「上場の失敗」ではなく、「成長フェーズに応じた資本構造の再設計」と位置づけるべきです。再上場を前提とする場合、5年後にどの水準で市場に戻るのかという明確なストーリーが不可欠です。


結論

上場はゴールではなく、資本政策の一つの選択肢にすぎません。

成長投資を優先する局面において、短期市場評価が足かせとなる場合、PEファンドとの伴走による非公開化は有効な戦略となり得ます。特に、借入やのれんを伴わない設計は、成長資源を最大化する点で象徴的です。

一方で、資本効率、財務規律、再上場戦略といった論点を慎重に設計しなければなりません。

新興企業にとって重要なのは、「上場か非公開か」という二元論ではなく、「どの時間軸で、どの資本構造で成長するのか」という問いです。PEファンドが伴走役として定着するならば、日本のスタートアップ資本市場はより多様な進化の道筋を持つことになるでしょう。


参考

日本経済新聞 2026年2月20日朝刊
「非公開化の作法(下)『PEファンド伴走』主流に カオナビ、再成長へ『一時退場』」

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