漂流する円――安全通貨神話はなぜ揺らいだのか

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円はかつて「有事の円買い」と言われる安全通貨でした。
世界的な金融不安や地政学リスクが高まると、投資マネーは円に向かう。そうした構図が長く続いてきました。

しかし足元では様相が異なります。
円は対ドルで150円台後半をうかがい、対ユーロや対スイスフランでも歴史的な安値圏にあります。「円はもはや安全通貨ではない」との見方も広がりつつあります。

本稿では、円安が続く背景と、日本経済に与える構造的な影響を整理します。


1.乱高下する為替市場と「弱い円」観測

直近の為替市場では、1ドル=150円台を中心に乱高下が続いています。政府高官のけん制発言や政治イベントに反応して振れるものの、市場には一貫して「円高に転換する材料は乏しい」との空気があります。

背景にあるのは、日本の財政・金融政策への評価です。

  • 積極財政の継続
  • 金融緩和からの正常化が緩やか
  • 実質金利のマイナス圏

こうした条件のもとでは、国際資金が円を積極的に買う理由は見つけにくいというのが市場の本音でしょう。


2.実質金利が示す通貨の魅力

為替の方向性を考えるうえで重要なのは「実質金利」です。

実質金利 = 名目金利 − インフレ率

米国は政策金利が3%台後半、インフレを差し引いても実質金利はプラス圏です。一方、日本は政策金利が引き上げられたとはいえ、物価上昇を考慮すると実質金利は依然マイナス圏に沈んでいます。

資金はリターンの高い通貨へ向かいます。
この金利差が続く限り、円が構造的に売られやすいのは自然な流れとも言えます。


3.企業現場で進む「円離れ」

円安は輸出企業に有利とされてきました。しかし現実は単純ではありません。

  • 原材料やエネルギー価格の上昇
  • 為替変動によるコスト不確実性
  • 外貨建て取引の増加

特に輸入比率の高い業種や中小企業にとって、円安は直接的なコスト増となります。
為替予約比率を高めるなどの対応を進める企業もありますが、リスクヘッジには限界があります。

さらに、輸出取引の外貨建て比率が高まることで、国際ビジネスにおける円の存在感は相対的に低下しています。これは「通貨としての信認」という点でも重要な変化です。


4.安全通貨とは何だったのか

かつて円が安全通貨とみなされた理由は主に三つあります。

  1. 巨額の対外純資産
  2. 経常黒字の継続
  3. 国内資金で国債を消化できる構造

しかし現在は、

  • 経常収支はエネルギー価格の影響を受けやすい
  • 財政赤字は拡大傾向
  • 高齢化により貯蓄構造が変化

といった構造変化が進んでいます。

安全通貨とは単に「国が破綻しない」という意味ではありません。
世界の投資家が安心して資金を退避できる場所かどうか、という総合的な信認の問題です。

その信認が、徐々に相対的なものへと変わりつつあります。


5.円安がもたらす分断

円安の影響は一様ではありません。

  • 海外売上比率の高い大企業は利益拡大
  • 内需型・輸入依存型の中小企業は収益圧迫
  • 家計は物価高を通じて実質所得減少

この構図は企業規模間格差や所得格差を拡大させる可能性があります。

通貨の問題は、単なる為替レートの話ではありません。
社会全体の分配構造にも影響を与えるマクロの問題です。


6.日銀の利上げは転機になるか

市場が注目するのは、日本銀行の追加利上げの行方です。

利上げが進めば金利差は縮小し、円安圧力は一定程度緩和される可能性があります。ただし、急速な引き締めは景気への影響を伴います。

為替安定と景気維持のバランス。
ここに政策の難しさがあります。


結論

円はかつてのような絶対的な安全通貨ではなくなりました。
しかしそれは、即座に通貨としての信頼が失われたという意味ではありません。

問題は、日本経済の成長力、財政規律、実質賃金の回復といった構造要因にあります。

為替は結果であって原因ではありません。
円の価値を取り戻す道は、持続的な成長と安定した政策運営の積み重ねにかかっています。

安全通貨の復活は、金融政策だけではなく、日本経済全体の再設計にかかっていると言えるでしょう。


参考

・日本経済新聞「漂流する円1 もはや安全通貨ではない」2026年2月17日朝刊
・日本銀行 金融政策決定会合資料(2026年1月)
・総務省 消費者物価指数統計
・内閣府 国民経済計算

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