人手不足が慢性化するなかで、労働のあり方は確実に変わりつつあります。
1人が1つの仕事を担うという前提そのものが、技術の進化によって揺らぎ始めています。
人工知能(AI)の進歩により、1人で複数台のロボットを同時に操作する実証実験が始まりました。これは単なる効率化ではなく、「人間の役割の再定義」を意味しています。
本稿では、複数ロボット同時操作の実証実験を手がかりに、AIと労働の関係、そして今後の社会設計について整理します。
1人で50台を管理するという発想
今回の取り組みを進めているのは、サイバーエージェントやパナソニックホールディングスなどの企業です。
サイバーエージェントは大阪大学の石黒浩研究室と連携し、接客ロボットの遠隔統合管理システムを開発しています。
実証実験では、
- 固定型接客ロボット
- 館内巡回型ロボット
これらを合計15台配置し、1人のオペレーターが統括します。
ポイントは、「人間がすべてを操作する」のではなく、
- 通常業務はAIが処理
- 想定外のみ人間が対応
という役割分担にあることです。
将来的には、1人で50台以上の同時管理を目指すとされています。
AIは“労働力”を増やすのか
パーソル総合研究所と中央大学の推計では、2035年には約384万人分の労働力不足が見込まれています。特にサービス業の不足は深刻です。
従来、1人が同時に管理できるロボットは数台が限界でした。理由は明確で、人間の注意力には限界があるからです。
しかし現在は、
- AIが状況を要約
- AIが異常を検知
- AIが判断の選択肢を提示
することで、人間は「最終判断」に集中できるようになっています。
つまり、AIは人間の代替ではなく、注意力を拡張する存在として機能しています。
デジタルツインがもたらす統合管理
TOPPANホールディングスは、異なる種類のロボットを一元制御するシステムを販売しています。
ここで使われるのが「デジタルツイン」の技術です。
現実空間の情報を仮想空間上に再現し、ロボットの位置・稼働状況を一括把握します。
理論上は「何台でも」管理可能とされています。
これは単なるロボット管理の話ではなく、
- 物理空間と仮想空間の融合
- 労働の遠隔化
- 仕事の非対面化
といった構造変化を示しています。
障害者雇用との接点
今回の仕組みは、障害者雇用との関係でも重要です。
日本では法定雇用率が引き上げられますが、依然として未達企業は多いのが実情です。
遠隔操作型ロボット業務であれば、
- 自宅勤務が可能
- 対面コミュニケーションが最小限
- 体調に合わせたシフト設計が可能
といった柔軟な働き方が実現します。
テクノロジーは「労働を奪うもの」と語られがちですが、同時に「労働参加のハードルを下げる装置」にもなり得ます。
労働は“量”から“設計”へ
重要なのは、ロボットの台数ではありません。
変わるのは、人間の仕事の中身です。
従来の労働:
- 手を動かす
- その場で判断する
これからの労働:
- AIの判断を評価する
- 例外処理を担う
- 全体を設計する
1人が50台を動かすという表現は象徴的ですが、本質は「人間が行うべき業務の抽出」にあります。
結論
AIによる複数ロボット同時操作は、人手不足対策という側面だけでなく、労働構造の再設計という意味を持っています。
人間がすべてを担う時代から、
AIが大部分を処理し、人間が“意味”と“判断”を担う時代へ。
この変化は、企業経営、雇用制度、教育設計にまで波及する可能性があります。
「50人力」という言葉は誇張ではなく、役割分担の最適化がもたらす生産性の再定義です。
私たちは今、労働の単位そのものが変わる転換点に立っています。
参考
日本経済新聞
「ロボットであなたも『50人力』 AI進化、1人複数台操作」
2026年2月16日 朝刊

