移転価格の二重課税と事前確認制度の限界 ―「3年半」が意味するもの

税理士
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企業の海外展開が当たり前になった現在、税務リスクもまた国境を越える時代になっています。
とりわけ移転価格税制は、国際取引を行う企業にとって避けて通れない重要テーマです。
二重課税の問題を未然に防ぐ仕組みとして事前確認制度が設けられていますが、その手続きに平均3年半を要するという現実が報じられました。
この数字は、単なる事務処理の長さを示すものではなく、国際課税を取り巻く環境の複雑化を象徴しています。
本稿では、移転価格の二重課税問題と事前確認制度の現状を整理し、その課題を考察します。

移転価格課税はなぜ問題になるのか

企業が海外子会社と取引を行う場合、その価格が適正であるかどうかが問題になります。これがいわゆる移転価格税制です。
税務当局は「独立企業間価格」であるかを基準に課税を行いますが、国ごとに見解が異なると同じ所得に二重に課税される可能性が生じます。

例えば、日本で価格が低すぎると判断されて所得を増額され、同時に海外でも価格が高すぎると判断されれば、双方で課税されることになります。これが移転価格の二重課税です。

グローバル化が進んだ現在、この問題は一部の巨大企業だけの話ではありません。中堅企業でも海外展開が一般化し、税務リスクは身近な経営課題になっています。

二重課税を防ぐ「事前確認制度」

こうしたリスクを回避するための制度が「事前確認制度(APA)」です。
これは企業があらかじめ税務当局と協議し、将来の取引価格について合意を得る仕組みです。

理論上は、事前に価格算定方法を確定させることで、将来の税務紛争を防ぐことができます。企業にとっては予見可能性が高まり、安定的な経営判断が可能になります。

しかし、実務では必ずしも「迅速」とは言えない状況が生じています。

「3年半」という現実

近年、事前確認の完了までに平均で約3年半を要するという状況が報じられました。
これは単に手続きが煩雑というだけではなく、国際的な調整が複雑化していることを示しています。

移転価格の協議は、日本の税務当局だけでなく、相手国当局との相互協議が前提になります。資料提出、分析、比較対象企業の選定、経済分析など、多くの工程を経る必要があります。

さらに、デジタルビジネスの拡大や無形資産の評価の難しさが、審査を一層複雑にしています。
ソフトウェア、ブランド価値、アルゴリズムなど、価格算定が容易でない取引が増加していることも、長期化の背景にあります。

相互協議の長期化がもたらす影響

仮に事前確認を申し出たとしても、結論が出るまで数年を要するのであれば、その間の経営判断は不安定になります。

特に影響を受けやすいのは、

  • 海外子会社を設立したばかりの企業
  • 研究開発拠点を海外に移転した企業
  • 無形資産の使用料を巡る取引が多い企業

などです。

税務リスクが確定しない状態が長期化すれば、内部統制や開示対応、引当処理などにも影響が及びます。

また、相互協議の期間がさらに長期化すれば、二重課税の解消が遅れ、資金繰りにも影響を与えかねません。

中小企業への波及

移転価格というと巨大企業の問題という印象がありますが、現実には中堅・中小企業にも影響が広がっています。

海外進出が一般化し、製造拠点や販売拠点を持つ企業が増えました。
しかし、移転価格分析には高度な専門知識とコストが必要です。

事前確認制度が長期化する傾向にある場合、利用を断念する企業も出てくる可能性があります。結果として、税務調査段階での争いに発展するリスクも高まります。

制度の存在だけでなく、実効性とスピードが問われている状況といえます。

国際課税の環境変化

国際課税の分野では、OECDによるBEPSプロジェクトやグローバル・ミニマム課税の導入など、大きな制度改革が進んでいます。

各国が課税権の確保を強めるなかで、移転価格の判断はより慎重になり、資料要求も高度化しています。

透明性の向上は必要ですが、その一方で企業の負担は増大しています。

事前確認制度が「安心の制度」であり続けるためには、迅速性と予見可能性の確保が不可欠です。

制度は機能しているのか

事前確認制度は本来、紛争を未然に防ぐための仕組みです。
しかし、3年以上を要する状況が常態化すれば、企業の意思決定スピードと乖離してしまいます。

制度の信頼性を維持するためには、

  • 審査体制の強化
  • デジタル化の推進
  • 国際的な標準化の深化

などが求められます。

二重課税の回避は企業の問題にとどまらず、日本の投資環境全体の魅力にも影響します。

結論

移転価格の二重課税は、国際展開する企業にとって避けて通れない課題です。
事前確認制度はその有効な解決手段ですが、平均3年半という期間は決して短くありません。

制度の存在だけでなく、機能性とスピードが今後の焦点になります。
国際課税が高度化するなかで、企業と税務当局の双方が、予見可能性と公平性のバランスをどう確保するかが問われています。

移転価格税制は専門的な分野ですが、経営戦略や国際競争力とも直結する重要テーマです。
制度の動向を注視し、早期の対応体制を整えることが、今後ますます重要になります。


参考

月刊「社長のミカタ」2026年1月号「移転価格の二重課税 事前確認だけで3年半」


という事で、今回は以上とさせていただきます。

次回以降も、よろしくお願いします。

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