前回の記事では、減損処理とは何か、なぜ必要なのかを解説しました。資産が思ったほど収益を生まなくなったときに、帳簿上の価値を減らす会計処理——それが減損処理でした。
ところが、この「減損をするかどうか」の判定方法は、日本と国際会計基準(IFRS)でルールが異なります。同じ工場を持っていても、日本基準では減損不要とされるのに、IFRSでは減損損失が計上されるというケースもあるのです。
今回は、日本基準とIFRSの違いを具体的な例を用いてわかりやすく説明します。
日本基準の考え方:「割引前キャッシュフロー」で判定
日本の会計基準では、まず「将来得られるキャッシュフローの単純合計(割引前)」を計算します。
もしその合計が簿価を上回れば、減損処理は不要です。
例1:減損不要のケース
- 工場の簿価:90億円
- 将来10年間の収益見込み:毎年10億円(合計100億円)
合計100億円 > 簿価90億円 → 減損は不要。
このように、日本基準では「割引前の金額」で判定するため、将来の収益がぎりぎり簿価を超えていればOKという仕組みになっています。
例2:減損必要のケース
- 工場の簿価:90億円
- 将来10年間の収益見込み:毎年7億円(合計70億円)
合計70億円 < 簿価90億円 → 減損の可能性あり。
この場合は第2ステップに進み、キャッシュフローを現在価値に割り引いて評価します。
IFRSの考え方:「現在価値」で判定
一方、国際会計基準(IFRS)はより厳格です。
減損の兆候があれば、必ず「将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて」評価します。つまり、最初から「割引後のキャッシュフロー」と簿価を比較します。
例3:日本基準とIFRSの違いが出るケース
- 工場の簿価:90億円
- 将来10年間の収益見込み:毎年10億円(合計100億円)
- 割引率:3%
→ 現在価値は約85億円。
- 日本基準 → 合計100億円 > 簿価90億円 → 減損不要
- IFRS → 現在価値85億円 < 簿価90億円 → 5億円の減損損失を計上
このように、日本基準では「セーフ」とされる資産が、IFRSでは「アウト」とされてしまうことがあるのです。
なぜ基準が違うのか?
日本基準とIFRSの違いには、それぞれ背景があります。
- 日本基準は「過度に減損を計上して企業業績を揺さぶらないように」という考えが根底にあります。キャッシュフローの単純合計で判断するのは、ある意味「余裕を持たせている」と言えます。
- IFRSは「投資家に資産の現実的な価値を早く示すこと」を重視しています。将来のキャッシュフローを現在の価値に置き直すのは、投資判断に必要な「より厳密な情報」を提供するためです。
グローバルに資金調達を行う企業にとっては、投資家に対して「甘い基準」で報告していると信頼を失いかねないため、IFRSを選ぶことも多いのです。
日本基準とIFRSの違いが企業に与える影響
同じ資産でも、日本基準かIFRSかによって損益計算書の数字は大きく変わります。
これは決算発表や株価にも直結します。
例えば、ある企業がIFRSを採用している場合、日本基準なら減損不要の工場であっても、IFRSでは数十億円規模の減損損失を計上し、業績が赤字に転落することもあります。
そのため、海外投資家を意識する企業や、海外で事業展開する企業はIFRSを選ぶことが多いのですが、数字のブレ幅が大きくなる点は経営者にとってプレッシャーでもあります。
実際の事例
- 日産自動車(日本基準採用):2025年3月期に稼働率が下がった工場などで約4,949億円の減損を計上。これは日本基準のルールに基づいています。
- 電通グループ(IFRS採用):2024年12月期に海外事業の収益悪化で、のれんを中心に2,000億円超の減損を計上。IFRSはのれんに対して毎年必ず減損テストを行うため、大規模な減損になりやすいのです。
このように、同じ「減損処理」という言葉でも、基準によってインパクトが全く異なります。
投資家の視点:どちらが良いのか?
投資家にとって、日本基準とIFRSのどちらが「正しい」ということはありません。
ただし、次のような見方ができます。
- 日本基準 → 減損を遅らせる傾向があるため、投資家からすると「企業の実態把握にタイムラグがある」可能性がある
- IFRS → 減損を早めに計上するため、「悪いニュースが早く出てくる」一方で、「将来に向けての軌道修正が明確」になる
つまり、IFRSの方が投資家にとっては情報がクリアであり、日本基準は「企業に猶予を与える仕組み」とも言えます。
まとめ:同じ資産でも評価は変わる
- 日本基準は「割引前キャッシュフロー」で判定
- IFRSは「現在価値」で判定 → より厳しい
- 同じ工場でも、日本基準では減損不要、IFRSでは減損必要ということが起こる
- 投資家にとっては、IFRSの方が資産の実態を早めに知ることができる
企業の決算を読むときに「減損損失」が出ていたら、それが日本基準かIFRSかで意味が変わる、という点を知っておくと理解が深まります。
📌 参考:日本経済新聞(2025年9月18日付)
👉 次回(第3回)は「のれんと減損処理」について解説します。買収のときに生じる「のれん」が、なぜ巨額の減損損失につながるのかを取り上げます。
という事で、今回は以上とさせていただきます。
次回以降も、よろしくお願いします。
